過去から今日、今日から未来へ先人が残した言葉を贈ろう。 異なる文化と歴史の中で人類を繋ぎ続けた言霊のリース。 幾多の時代を超えて、ひとつずつ解き放つ。
 
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コトダマピース 18詩*『ペルソナの鏡』
2008-01-11 Fri 02:56
『ペルソナの鏡』

私たちが認識できる限り、人間存在の唯一の目的は、
単に生きることの暗闇に火をつけることである。

人に苛つくことのすべては、
自分自身の理解に役立つ。

世界を創造するのは神ではなく、この私であり、
「私」の意識化という創造行為によって初めて、 
世界は客観的に存在するものとなるのである。

外の世界で、夢見ている人間は、
内の世界で、己の覚醒を見ている。

心の内側が意識されないでいるとき、それは外側に運命のように現れる。
意識の奥に隠されているものは、やがて運命として立ち現れる。

ある人に合う靴も、別の人には窮屈である。
あらゆるケースに適用する人生の秘訣などない。

私の一生は、無意識の自己実現の物語である。


                          【 カール・グスタフ・ユング 】


 また一つ新しい年が明けた。
無事に踏み越えた去年との境界線は、
まだその太さや形がぼんやりと陽炎のように残っているというのに、
もう、すでにまたいだ先の日常=仕事始めの日を早々に迎えてしまった。
今だ正月休みの人が多いと見え、
普段は騒がしい電車のホームもさすがに閑散としている。
人気の少ない地下鉄を、
何の気兼ねも無く、我が物顔で歩ける贅沢な時間。
毎年、この時期にしか味わえない、
本来なら人間の熱気が溢れかえるはずの場所で、
めったに人影が見当たらないという
この妙な優越感と独り占め感が漂う瞬間が、
私はすごく好きだ。

連絡口の長い通路の壁には、新年らしいポスターが張ってあった。
年齢がバラバラの有名な俳優の大きな顔が三つ。
一枚ずつ横に並び、手にしているのは、よく見知った缶コーヒー。
赤を基調とした、新春の華やかな広告だ。
『今、ここからがスタート』
そんなキャッチコピーに励まされながら、地上への階段を一歩ずつ上りつめる。

一刻も早く、と忙しく駆け上がる際にもl、
無機質なコンクリートの階段の壁づたいに、予断無く幾社もの広告ポスターがひしめく。
大都市の駅構内ならどこでも、
各企業のPR合戦が集中する最強激戦区を象徴する風景。

一通りの宣伝内容を横目で流しながら、改札口をsuicaでピッと通り抜ける。
その先にも大抵、巨大な商業用ポスターがあちこちで待ち構えているものだ。
あるものはこんな文言を書き連ねている。
「探そう!自分らしい働き方」
うん、そうねそうね、そういうの大事ね。
今、流行ってるもんね…
ん?アレ?
いや、ちょっと待てよ…流行??

ここで、急に今年最初の疑問が閃いた。
じゃあ、その「自分らしさ」って一体、何ですか?
 

近頃は、右も左も猫も杓子もぐるりと見渡せば「私」イズム。
「あなただけの…」「私らしい…」なんてキャッチコピーがどこかについてると、
たちまちヒット商品、
ちゃっかり儲かる商売になります。
ゲームにファッションにライフスタイルに「自分」をカスタマイズする時代。
ということはつまり、逆説的に置き換えてみれば「自分らしい」とか「個性」の定義が
実は案外できていないという証明にもなる。
そもそも自分らしく生きる術がしっかり理解できていたら、
このように、丸っきり付け焼刃的なメディアの扇動に
ぐいぐい押されることはあるまい。

「自分らしさ」っていう、曖昧かつ複雑の極み、
だけど表向きなんとなくパターン化して分類できるスタイルは、
どんどんマニュアル化し始めている。
よく考えるとすごい。
「自分」というスタイル作りが商売になるなんて。
食べ物や洋服を買う感覚で、他人の手を通してお手軽に「自分」をコーディネートする。

その延長線上で、ブログなんかも属するのかなって思ったりもするんだけど。

それはさておき・・・
「人生を変える」
「夢を叶える」
これはなんだか、夢がないと生きていく資格がないような、
あるいは夢を持っているということが確固とした生きる資格のような、
とにかく現状に甘えることなく、
人生を変えるように生きなきゃダメよ!っていう押し付けがましい無理やり感を、
最近は嫌でも感じてしまう。

ただ純粋に、自分にはやりたいことがあるというだけのことが、
何か崇高な事のように周囲には思われるのだが、
実のところ、そういう意志を抱いている人間より、
資格取らなきゃ、留学しなきゃ!という何か急に思い立ち、
漠然と言い出す人の方が大抵、
すんなり実現できるパワーがある。

これは単なるひがみではなくて、
何か夢を叶えるにもひどく真面目な優等生だな~って圧倒される節が多々あるのだ。
怠け者で面倒くさがりな私にはすごく羨ましい限りである。
が、しかし。
正直、良い子過ぎて窮屈そうだな、とも思う。

確かに効率がいいんだね。
ポイント押さえたノウハウとか飲み込みが早くて。

だけど、今の世の中でまがりなりにも商売化している「自分らしさ」というものは、
昔でいう複雑な哲学とか思想の体系はすっぱ抜いて、
手っ取り早く外枠だけでも具現化した者勝ち!
なんていう要素が目につくような気もする。

言い換えれば、「自分」も一つの消耗品。
どれだけエネルギーを放出するか、またはそれを社会にいくら注ぎ込むか。
自分自身を消費する時代。
これも資本主義から生まれたもの?

大量生産される「個性」という既成概念と既製品。
今日も誰かが仕掛けている、
「他にはないオリジナルでいるため」の見本。

「人と同じ生き方はしたくない」という、実はみんなが言ってる同じセリフ。
自ら踊っているつもりが、踊らされてたりね。
一見、個性的だと評されるあのボクサー選手とか、某有名タレントとか。
自分が作ってきたものと、誰かに作られたものとの折り合いってすごく難しい。
そもそも、自分の体に流れる遺伝子自体、自分で作ったものじゃあない。
父と母、そしてその後ろに控える祖先から受け継いだものだから。
私達の肉体はミトコンドリア遺伝子を運ぶ、ノアの箱舟のようなもの。
ま、このことはあくまでも私個人の究極論として、捉えてもらいたいのだけれど。

とにかく。
私達は毎日、そりゃあまあビックリするくらい色んな情報や物に左右されていて。
意識するとかしないとか関係なく。
カッコイイ人、キレイな人、頭イイ人、スポーツできる人…
憧れる対象も五万といる上に、
少しでも近づきたいっていう向上心も普通に持ち合わせている。
生まれてこの方、何にも影響されない人間なんてどこにもいない。
それは、人間はもともと慣習ありきの生き物だから。
いかんせん、脳から細胞から基本的に「習うより慣れよ」的な作りになっているせいで、
経験したことが無いこと、
つまり脳に一切記憶(データ)が無いものは絶対にできないのね。
そう考えると、
人間は記憶のつぎはぎ、いわゆるパッチワークで形成されているってこと。

それで、ね。
たかが一個体なのに、
科学や心理学やらを全力で駆使しても「自分」という人間像なんて、
そう簡単に作れるわけがないから、結局またふとした問いかけは自分自身に戻ってくる。
そうすると再び何度も辛抱強く、
同じ答えを探し続けるしかなくなる。
他人に押し付けられた取り組み方法ではなく、別の違う方法で。
つまり、自分が。
そして、あなたが。

「それで君はオリジナルなのか、ダミーなのか?」
その感覚すら、実際のところ危ういわけで。
こんな情報過多な世界に棲んでいたら、
誰だって混乱するよ、「自分」って人間が本物かどうか。

だから、いかにも商売めいていて、
軽くて安っぽい「自分探し」にまどわされるな。
優しげな自己啓発なんて、大きなお世話だ。
自分の内面を掘り下げていくのは、本当はすごくすごく苦しくて辛い。
気が遠くなるほどの失望と挫折の連続と、
孤立無援の真っ暗闇の過程を通り抜けなければ、
光の宝石を見つけられない。
前人未到の深海に沈んでいくような、
潜在意識へのダイブは思いのほか勇気がいるし、
得体の知れない不安も伴う。
それはもはや古臭いやり方で、
時間がかかる職人技な部分があるかもしれないのだけど、
このブログで何度もいうように、
結局、そういう所に帰結することって多い。
多分、人間に染み付いたやり方っていうか、さ。
理由はよくわからないけれど、本能的感覚で感じる分野だと思う。
自己を追求するのは。


そして、今日。
冒頭の缶コーヒーのポスターの前を通り過ぎた時、
思わず足を止めてしまった。
事態は思いもかけない形で異変していた。
よく見ると、俳優三人のうちの一人の顔がない。
その部分だけ、輪郭をなぞるように何者かにカッターナイフで丸く切り取られていたのだ。
そこにあるはずの顔がないということ。
それは、不意に当たり前に存在すると認識している「自分らしさ」を探し過ぎて、
反対に自分を見失ってしまった人間の姿を物語っているような気がして、
背筋が凍る想いに駆られた。
その顔の主が誰だったのかは、
いくら考えても思い出せないのだけれど、
一体、何処に行ってしまったのか…
そのことだけは、こうしている間も胸に残る。

この不可解な戦慄の中で、嗅ぎ分けようとしたのは、
これがもし、大切なあなたの顔だったら。
私はきっと、取り返しに行ったはず。
誰が切り取ったか判らないけれど、
それはこの世でたった一つしかないものだから。
同じような似たものが沢山あるけどね、
私は見極められるよ、絶対に。
あなたが浮かべる微笑みの、
一瞬一瞬が放つ無限の美しさを誰よりも知り、
そして、失いたくない。
何故ってそれが、紛れも無い「あなた」でしょう?

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この記事のコメント
昔、勤め先で
わたしが、わたしは、わたしも
と自分の意見を、言っていたら
上司に、お前生意気なんだよ!
と、朝6時から怒鳴られた
それ以来、その上司に意見を求められても
分かりませんとしか、答えなくなった
わたし・・・

第一次社会進出。失敗

甘酸っぱ~~いね★
2008-01-18 Fri 00:34 | URL | あちき #-[ 内容変更]
細胞具ソラミミ
『 オレノイレモノホンモノカ?』
気付いたドリーくん。

自分らしさ

うーん。
カレーに喩えたら
一律同じ味
ククレカレーではなく、

かといって、自分でスパイスを配合して、小麦粉から作った
とまでの、気合いも個性もないけれど

バーモントとジャワカレーを 微妙な配合でまぜ… 目に付いたなんか(醤油であったりコーヒーであったり)
をイタズラに小匙一杯入れたような。

どこか安心感のある、ひと味違うカレー

がいいかな。

で、も、

どんだけ美味しくても
次ぎ作ったら味違うねん(笑)

そんな曖昧なカンジ
2008-01-19 Sat 04:34 | URL | けい #-[ 内容変更]
あちき様

青臭い自己主張が鼻についたというよりも、
あなたはいつもあまり上司運がないものね・・・w
あんまり剥きになって相手するような人じゃなかったってことじゃないの?
失敗から貴重な学びの種が生まれましたね。
その時、封印した熱意はあちきさんの話にきちんと耳を傾けてくれる人に向けなさいな。
それ、あちきさんには特に大事なことだと思われます・・・w


けい様

カレーか・・・w
どこか安心感がある、一味違うもの・・・
奥深い表現だ。
矛盾が炸裂しているけどねw
でも、そういうのが良くも悪くも今日本で一番求められている人材なんじゃないの~?
て、感じます、近頃、日々。

細胞具ドリー君がおっしゃるように、
現代社会は正に
個性がインフレ、頭打ちです、ハイ。w
今年はなんか、色々突き抜けなきゃいけないのかもな~
て、私の占いに出てました・・・w
そのネタは19詩でよろしく。
2008-01-20 Sun 04:07 | URL | 紅月スナイパー #-[ 内容変更]
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