過去から今日、今日から未来へ先人が残した言葉を贈ろう。 異なる文化と歴史の中で人類を繋ぎ続けた言霊のリース。 幾多の時代を超えて、ひとつずつ解き放つ。
 
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コトダマピース 25詩*『わたしたちは知らないうちに』
2008-08-20 Wed 22:55
『わたしたちは知らないうちに』

口に出していうと
ことばが死ぬと ひとはいう
まさにその日から
ことばは生きると
わたしがいう


              【エミリ・ディキンソン】

今回はいつもの堅苦しい雰囲気をお休みして、
思いつくこと、気ままに書いてみます。
短くて、口語的で、シンプルで。
まるで、どこにでもあるような ありふれた日記みたく。
ずいぶんと久しぶりだからね。
ひそかに、そして静かに待っていてくれた人、本当にありがとう。
あまりに長い間更新してなかったもんだから、心配の声もチラホラいただいたりなんかして。
改めてありがとう。
生きてます。
元気です。
ただちょっと忙しかっただけ。
…て、言い訳してみました。

今日は、このブログを読んでいてくれているあなたに語りかけてみるかな。
一方通行な軽い本音トーク。

毎日、実は思うように生きれてないって感じること、ないことはないよね。
誰だってさ、そう心のどこかで、なかなか落ちないしつこいシミを抱えて。
だけどどうしようもなくて、ただただ爪をかみ、やり過ごす日々もある。
それは自分に対しての不満なのか、それとも環境や社会や政治や人間関係なのか…
標的はたくさんあって、目移りしてる間にどれもこれも一つに的を絞って打ち切れない。

でも、なんだかんだいいながら、
結局はすごく頑張っている人をたくさん見るわけ。
いろんな人の悩みや話を聞くわけ。

そしたら、やっぱり言葉ってのはすごいなーって感じるの。
当たり前のことなんだけど。
なんていうか、自分の中にあるものを表現する以上にね、
知らない誰かと意思疎通できるっていう便利さ。
偶然と必然が折り重なって、言語っていうものが生まれたわけだけれども。
それって、本当に奇跡なんだと思ったよ。

人間である以上、まず言葉ってものから逃れられないわけだけど、
誹謗中傷とかね、悪態をつかれたりとかね、
ときにはそういうことで傷ついたりもするけどさ、
でも実際、言葉に守られたり、助けられたりしていることの方がずっと多いんだよね。
いつも、どこかで忘れそうになるけれど。
ただ単純に、伝え合うことに対して、心から感謝する気持ちを。


それで、随分ここから離れてしまっていたけれど、
このブログを改めて、自分で読み返してみたりしてね。
すごく客観的に。まるで、今初めて出くわした他人の文章みたいにね。
そしたらさ…。
うん、やっぱりこのタイトル通り、言葉の一個一個がまさに『パズル』なんだな、と。
自分が今ここで使っている言葉の数々は、遠い誰かから、あるいは近しい人達から、
たくさん与えてもらって、教えてもらって、それで全部受け継いでいるものたちだから。
それらをただ真っ白いスペースに埋め込んでいるに過ぎないのね。
そんなたわいもない作業。


それなのに。
自分でもびっくりするくらいの巨大な言葉の地図が出来上がる。
でも、それは先人たちの知恵や思想や哲学から生まれた言葉の積み重ねのおかげでもあって。
もちろん、自分が関わってきた身近な人々の中からも吸収してきたありがたい知識でもあるし。
本当に不思議です。

そして、同時にすべてが愛おしいと思える宝物。

きっと、これから先も沢山の言葉たちと出逢っていくのでしょう。
それを心の底から待ち遠しいと思える、今日この頃です。

言葉は流れる日々の中、誰の上にも降り注がれて、
共に歩みをそろえながら、生きとし生ける者の人生を彩る。
私達の知らないうちに。

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コトダマピース 24詩*『蒼き天辺で生まれた光』
2008-05-03 Sat 04:09
『蒼き天辺で生まれた光(クリアーライト)』

チベットの村境の山道を、中年を過ぎたラマ僧と、彼の弟子の小坊主が歩いていく。
彼らはたった今、死者が出た家で、死人をバルドに送ってきたばかりだった。
≪注:バルド 生と次の生との間の中間的状態。チベット死者の書は「バルド・トドゥル」と言われ、死者の意識は、死後バルド(中有)世界に入ってゆき、さまざまな体験をする様子が詳しく書かれているもの。トは聴くこと、ドルは解放をもたらすこと。チベット僧は死者の耳からお経を唱え、死後の肉体から魂を解き放つ≫

老僧「人は百年も立たないうちに死んでしまう。
    長寿を得たものも、確実に死んでいく。
    かたちあるものは、滅びを向かえ、
    集まったものは散り散りになっていく。
    空に生まれ、空に死んでいく。
    人は皆、私やあなたも、この現象世界のどこにも、
    羽根を休める足場をみいだすことのできないまま、
    宙に舞い続ける蜂のようなものだ。
    財産や、家族も、肉親の愛情も、死のときには何の役にも立たない。
    あなたはそれをすべて捨てて旅立つのだ。
    だから、私達が生きているうちにすべきことは、
    自分の心を成熟に向かわせるだけなのだ。
    そのことの重要さが、誰にも訪れる死の時に、わかる」
   
小坊主「では、生まれてくることは、喜びではない、というのですか?」
老僧 「死ぬことがたんなる悲しみではないのと同じように、生まれることは、
    それだけで喜ばしいものではない」
小坊主「では、私達、生まれてきてしまったものの生には、意味がないのですか?」
老僧 「生と死の向こうにある、心の本質を知ることができたら、
    その生には意味があったということになるし、それができなければ、
    無意味なことを積み重ねたことに過ぎないだろう。
    お前は何も知らずに生まれてきたが、今は生まれてきたことの意味を、知り始めている」
    
小坊主「生まれること……死ぬこと……」
老僧 「お前にいい言葉を教えてやろう。インド人が考えたものだ。

     誕生の時には、あなたが泣き、
     全世界は喜びに沸く。
     死ぬときには、全世界が泣き、
     あなたは喜びにあふれる。
     かくのごとく、生きることだ。
    
     さあ、行こう 」 
    
二人はゆっくりと、荒れ果てた山道を歩いていく。
頭上には真っ青な空がひろがっている。

               
                【中沢 新一~三万年の死の教え~】


【終わりなき魂の詩(うた)と理(ことわり)~第4章~】

~チベット回想録②~

これは、あくまでも個人的なチベット体験記である。
「輪廻転生」という大きなテーマについては、
この先色んな章で、おいおいまとめていきたいと思う。
しかし、これから2章に渡って書き出す話は、
私が今後まとめていきたい論点の、
『予兆』となる内容であるのかもしれない…
   
 *** *** *** ***

チベットに行ったのは随分と遠い昔だ。
もうどれくらい立つのだろう。
学生の頃、友人Mに夏休みの間にどこかに長旅に出かけようと言われたのがきっかけだった。
どうせ行くなら変わったところがいいねということで、
いきなりMが「じゃあ、チベットで!」と無謀な思いつきで言い出したのだった。
どうやら、当時見た映画の『セブンイヤーズ・イン・チベット』にえらく感化されたようなのだ。
私にとって、その時が初めての海外旅行だったけれど、
特に迷いも不安も反論もなく「いいよ」とあっさり答えてしまった。

そして何故か、私がチケットの準備やら全てまかされてしまい、
当時の旅行会社の人に
「残念ながら、チベット行きは渡航手段が日本からは取れないので、現地で直接お願いします」
と、超アバウトなことを言われ、仕方なく中国で何とか取得する羽目になった。

私達がチベットに行くことを、とある友人に話したら、
「じゃあ、藤原新也の『西蔵放浪』って本、持ってきなよ」と言われたのが、
実は藤原新也との初めての出会いだった。
この時以来、随分と彼の思想にはお世話になるのだが…
それはさておき、
まずは中国へ入国し、チベットに向かう手段をあれこれ探し回った。
当時はまだ青蔵鉄道は開通していなくて、
それ以外で交通手段といえば車かバス、もしくは飛行機ということだったが、
中でも、
バスやランドクルーザーでの山越えは体力的にかなりキツイという話を聞いて、
無難に四川省の成都から、飛行機で行くことにした。
チベットに辿り着くまでにも、中国で色んな紆余曲折はありつつ、
やっとこさ到着したチベットで、見切り発車の友人は高山病で即ダウン。
三日ともたずに「中国に帰る!」と言い出し、
またしても私が現地の旅行会社で飛行機のチケットを取りに行ったら、
哀れな友人と同じように、着いた瞬間に高山病で苦しむ人々が後を絶たないらしく、
物見遊山的な観光客は、我先にと帰りのチケットの奪い合いを繰り広げていた。
おかげであいにく2ヶ月先までsold outを食らい、
それでもなんとか交渉して粘った挙句、
奇跡的に翌日のキャンセルチケットが1枚入手できた。
しかし、そんな苦労の末に手に入れた貴重な1枚は、
病にふせって死にそうなMにしぶしぶ譲渡しなければならなかった。
「もう満足です!」とたった三日でさっさと中国に下山していく友人とは、
2ヶ月後に某ゲストハウスでの再会を約束し、しばし別れて一人になった。
それでも、すぐに他の旅行者達と仲良くなったので、
一緒に日本円で1泊約100円のゲストハウスで寝食を共にすることができた。

だが、今思い返せば、あの生活はもうほとんど修行としかいいようがなかった。
観光するところいえば、いくつもの山々に散在する寺院巡りくらいで、
チベット料理はメチャクチャ質素で不味いし、
高山病のおかげで絶えず頭痛がおさまらず、
加えて食べ物に当たったのか、胃腸の調子がおかしくなったので
ミネラルウォーターしか体内に入れることができない。
さらに当時チベットは雨季だったので、土砂崩れが頻繁に起こり、
あまり動き回れないというまさに陸の孤島、何もかもナイナイ状態。
それでもまだ救いだったのは、
様々な国から来た旅行者やチベット人が皆すごく温和で優しかったこと。
しかしそんな温厚なチベット人でも、すでに当時からも中国人に対しては敵意むき出しで、
国籍を問わず、誰にでも親切なチベット僧でさえ、中国人とはあまり関わりたがらなかった。
とはいえ、同じアジア人の日本人には格別によくしてくれた。
チベット僧はたいがい、英語と中国語が話せて、
その上日本語も勉強している人も少なくはない。
何故なら「日本人はチベット人と同じ仏教徒だから」と微笑んで答えてくれたが、
現代の日本人はほとんど形式的な儀式以外、仏教の心得などに触れる機会がないので、
その言葉に胸が痛い思いをしたのは、今でもよく覚えている。

チベットに着いて一週間目に、すごくショックな話を聞いた。
区都ラサは『セブンイヤーズ・イン・チベット』のロケ地だとずっと思って期待していたのに、
実はあの映画の撮影現場は南米で、
しかも役者はチベット人ではなく、
現地のインディオ系の人達をエキストラにして撮ったものだったらしいということ。
どうりで、景色がまるで違っていた、とチベットに着いてから気がついたのだった。
そして、そこでふと思った。
「私は一体、何のためにチベットに来たんだ??」と。
この旅の最大の目的は、もうすでに無くなったじゃないか!

とはいうものの、向こう見ずな旅のきっかけはただ単に無知な私を
まんまとチベットにおびき寄せる甘い蜜のようなものだった、と今では心底思う。

私が主に生活の拠点としていたラサという町は、
何しろ富士山の頂上とほぼ同じ高度である。
それ故、一日の間で天候の変化が激しく、
空から降り注ぐ直射日光が日本の地上のものとは比べものにならないほど強烈で半端ではない。
この恐ろしいほど痛々しく照りつける太陽の紫外線のおかげで、
日増しに顔や体は異常なくらい真っ黒になって、皮膚はやけど寸前の状態の中、
次第に外国人には現地人と間違われるようになった。
気がつけば、自然とチベットに同化しつつある自分…
時々、出逢う日本人と日本語で会話しなければ、
自分が日本人であることを見失いそうな感覚だった。
そしてそれ故にふと考えたのは、
日本人としての自分とは一体何ぞや?と。
現地に行って、まるで役に立たなかった地図や地球の歩き方はその場で全部捨ててしまったが、
ただ藤原新也氏の本だけはバイブルのように持ち歩き、
静かに己と対峙する、そんな日々をずっと過ごしていた。

毎日、朝起きたら町中を散歩するのがもはや日課となり、
歩き疲れたら、カフェテラスや寺院のそばで座り、
行き交う人を見ながら、時に声をかけてたわいもない会話をする。
そんな穏やかな暮らしが心の安寧をもたらす。
日本での忙しない生活から一時開放されて、
飽くことなく見つめ続けたものは、異文化の静かな躍動。

町の中央にそびえ立つポタラ宮殿の前は、
まるで天安門広場のようなただっ広いコンクリートの石畳が敷かれている。
その上で、現地の人々は輪になってただ平和に編み物をしたり、
ヤクの乳から取れたバター茶をすすりながら、談話をしていた。
だが、ある寺に保管されていた20年ほど前の写真を見ると、
ポタラ宮殿の前には大きな湖が写っていて、
「これは何?」とお坊さんに尋ねたら、
「ここにはかつて私達が愛した美しい湖があったのですよ」と意味ありげに答える。
つまり、この広場は後に中国人によって丸ごと埋められた、というわけである。
ここで一つの古い文化は他の文化によって消されてしまったのだ。
悲しいことに歴史というものはいつでも人の手によって、
繰り返し塗り替えられていくのだ。
それを知ったところで、
過去の時代にはもう後戻りできない私達はただ時間と共に進み続けるしかないのだろう。
古き良き時代と開拓精神の狭間。
あの時、ふと感じたような矛盾は今でも際限なく私を襲う。
あまりにも無力で無知であることを。


長いようで短いようなチベット生活の終わりに差しかかった頃、
ラサからバスで半日ほどかかる山合いの僻地にあるという寺院へ行こうと誘われた。
当然、何もすることがない私は退屈をまぎらわすために、
他の旅行者と一緒に出かけることになった。

あと1週間でチベットを立ち去ろうとしている私は、
まだ本当の答えを見つけられずにいた。
この時、私の心でグラグラ揺れていたのは、己の真の居場所だった。
本当は日本を離れようと真剣に考えていたのである。
私にとって、日本って何だろう?
たとえ多くの友達や愛する人々がいるとして、
それはそれ、そうした自分ではない他人の肩にドカっと全身もたれかかることはできない。
どこにいても自分の足で立ち続けなければならないのだ。
そうした揺るぎない立ち居地のようなものが、日本にはないかもしれないと決めかけていたのである。

チベットでは、いくつものも寺院を見て回ったが、
この名前は覚えていない寺院は比較的小ぎれいな内装で、
位の高い中年僧が子供の僧達に教えを説いているところを見せてもらった。
チベットでは一家に一人は必ず僧になる。
そのため、僧の数が多くて、どの寺院でも僧が溢れかえっている、と当時はそのように聞いた。

寺院の近くには小ぶりな岩山があり、そこには色とりどりの旗のような布をヒモで吊るしている。
タルチョと呼ばれる、それはまるで日本でいう神社の神木などに巻く神垂(シデ)のようなものだ。

ゴツゴツした岩の丘から見下ろした先には、極めてのどかな田園と高原が広がっていた。
この頃、チベットはもう秋の入り口に差し掛かっていて、
ほとんどの地域では稲刈りが済み、あちこちで稲穂を束ねた鎌倉のようなものができていた。
ヤク(という牛科の絶滅危惧動物。チベット高原でしか生息していない)があちこちで牧草を食(は)んでいる。
なんて平和なんだろう。
もうこんな景色は日本の田舎にも存在しないかもしれない…
そんなふうに思わせる悠々とした、ただっ広い大地が眼下に広がる。

心地よい風と太陽と、どこまでも続く天空と地平線。
他にはもう何もいらないな…
そう感じた時、ふと心に浮かんだもの。
「でも、ここは私の居場所じゃない・・・
 まだ日本でやり残したことが沢山ある」
そんなふうに悟ってしまった。
いや、これこそが「本物の悟り」ってやつなんじゃないのか?と思うほど、
全身の力が抜けた状態で、ごく自然に内側からふっと湧き出てきた想いだった。

本当はどこかで気づいていたのだ。
「立ち居地なんてどうでもいい。」
いや、そもそもそんなもの初めから存在しなかったのかもしれない。
何故なら、私達人間は絶えず変化し、流れていくものだから。
そして、あの険しい岩壁の丘で、ふっと開けたように感じ取ったものがあった。
そうだ、ここではない。
私がいるべき場所は、こうした外側の異質な文化の中ではなく、
まだ日本の中にあるのだ、と。
私の中の魂がその時初めて、求め続けた答えを見出した。
一瞬、頭の中がハジけるような、軽い目眩(めまい)。
目の前で光があちこちに乱反射する。
気づけば自然と空を見上げていた。

そこにある深遠なる群青の蒼穹(そうきゅう)に焦がした瞳は、
地上の世界では見たことのない、空の青さと高さを知った。
手を伸ばせば、地上からはずいぶん遠い宇宙も、ほんのすぐそこにある気がする。
そこにいるだけで、大きな空を見上げるだけで本当に崇高なものを感じることができる、
ただただ深いインディゴ・ブルーの突き抜ける青。
そして、その奥から降り注がれるのは銀のナイフのように研ぎ澄まされた強烈な光。
崑崙(こんろん)という場所に住む人々が、心濁らすことなく呆れるほど純粋に、
神様が本当に存在すると信じるのも無理はないな、と思った。
ひっそりと神聖化された、名もなき土地。
そう、ここでは私自身も有象の形を失くして、
ひたすら時空を流れる一筋の光になる。
それはきっと、私だけじゃない。

この先向かうところ、
どこに行っても、きっと限界はない。
自分の心に鍵をかけなければ、
羽ばたこうとする創造(クリエーション)を、臆病な鎖でがんじがらめにしなければ。
小さな胸に溢れたのは
空の果てまで続く、極彩色の大きな夢の数。
あますところなく想い描いたら、
空に向かって、訳もなく思いっきり叫んでいた。
「タシデレ~(こんにちは~)
 トゥジェチェ~(ありがとう~)
 カレシュ~(さようなら~)」
現地で覚えた言葉はたったのこれだけ。
でも、今この気持ちを伝えるには、この三語に尽きた。

こんにちは、新しい自分。
ありがとう、今の自分。
さようなら、過去の自分。

こうして長かったチベットの旅も、いよいよ佳境を迎えようとしていた・・・

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コトダマピース 23詩*『太陽に一番近い国』
2008-03-24 Mon 02:01
『太陽に一番近い国』

人の体の中にはいつも"風(ルン)"が通っている。
我々人間はただ身体があるのではなくて身体があるゆえに我々は感じる。
感受性があり体験することができる。
そして知ることが出来るのです。

人は生にすがり危険と死を恐れる。
死を考える人間が人を殺す事はない。

                【ダライ・ラマ~チベットの教え~】


【終わりなき魂の詩(うた)と理(ことわり)~第3章~】

~チベット回想録①~

今回は予定を変更して、現在、世論の渦中にあるチベットについて語りたいと思う。
実は事件が起きる前から、チベットに関してはあらかじめ計画していたトピックがあり、
私なりに順序を踏まえて、念入りに取り出してくるはずだった。
しかしこの度、ついに来るべきチベット暴動が起こってしまった故に、
急遽、順序を前倒して修正せざるを得なくなってしまった。
チベットといえば、チベット仏教の「死者の書」で輪廻転生や前世といったものが取り扱われている。
そもそもこのブログ内で【魂】を冠にしたサブタイトルからして、
その輪廻転生論についての検証が実はテーマの命題だったのだが、
こうも早くに論議の核をうながされるとは、
「青天の霹靂」…なんかやっぱりチベットらしい感じ。
正に今年はなんとなく予感していた「大変革」の年を象徴するような、
予定外の衝撃的な動きだ。

恐らく日本人のほとんどは、
「あ~、世界のどこかでまた今日もそんなことが起こっているのね~」的なノリに過ぎないかと思われる。
かく言う私も、チベットという国以外で起こっていたなら、無責任にもそんな感想が出たのかもしれない。
しかし、チベットはなんというか言葉では言い表せない感情の思い入れがあって、
それを今回、説明できる限り、表現していきたいと思うのだ。
多分、そうしなければいけない気がしている。
今の私が彼らのために、唯一できることとして。

今から語ることにおいては真偽の判定が難しいところだが、
率直に言うと、どうもチベットと私の間には何か深い縁があるらしい。

それをあらためて確認したのは2年前、父方のいとこのある言葉に起因する。
そのいとこは私と年は変わらないが、いわゆる超強力な霊能者に生まれついた人物で、
現在もその能力を生業にして生活しているわけなのだけれども…
余談だが、どうやら私の父方は祖父母ともにそういう奇妙な能力の家系らしい。
それで私はどうかというと、まあ、直感とか予感?とかそういうものが
人より少しばかり発達しているようだ。
たまに波長があえば、変なモノを感じたりすることもあるが、
私自身のその力はかなり不安定な部分があって、
本人的にはあまり認めていない。(というところがまさに天邪鬼)
しかし、家系的に霊能力の遺伝というのは、
あながち嘘ではないのかもしれないということは認めざるを得ない経験は少なからずしている。

さて、そのいとこと話をしているときに、
また例によって、いとこが勝手に私から何かを感じ取ったらしく、
(ごく自然にあることなので、もはやあまり驚きはしない)
「今、一瞬(私の)前世が見えた…時代はわからないけど、チベットの高僧だったんだね」
なんぞと言い出した。
当然、「ハァ?」という間抜けなことしか答えられなかった私。
それでも、構わずいとこは続ける。
「ああ、そっか、(いとこが)助けてもらったんだ…昔の(私が)何か言ってる…
『カルマとダルマ』…ねぇ、この言葉に覚えはない?」
ありませんよ、そんなもの。
でも、一つ関係があるような気がするものといえば…
この時以前に、私はチベットへ実際に行ったことがあるということだけ。
そう伝えると、「え??なんだ、もう自分でもわかってたんだ…」
何が???さっぱり意味が解かりませんけど?!
いとこと話すときは終始こんな感じである。
結局、いつも最後はこうしたキーワードをもとに自分で探しなさいと言われる。
この時も案の定、また同じことを言われてしまった。
彼女は、江原さんのように手取り足取り優しく導いてはくれない。
何故なら、全ては最終的に「自分で感じて悟ること」。
それが、一番重要なのだというスタンスを常に貫いているから。

というわけで、
まずカルマはヒンズー教や仏教でいうところの「業=因果応報」ってやつでなんとなく解かったが、
じゃあ、ダルマって一体何事??という疑問がいっぱいでネットで調べてみると、
仏教でいう「法」であり、真理や存在を表すものらしい。
…で、それが?何なの?
ダメですね…正式な仏教徒ではないので、イマイチ関連性が見えません。
それでも、この言葉は現世に生きる自分への課題なのだと、いとこは言った。
チベットの他にも前世は色々見てもらったのだが、
何故か、感覚的に今の自分に一番近い何かがあるような気がした。
…相変わらず、意味はまるで理解できていないが。

それでもいとこに言わせれば、
私は、どこか喪失していた魂の欠片をチベットで拾ってきたみたいだ。
確かにあそこで私の身に起こった事は、生涯忘れることのない衝撃的な体験を生み出した。
そして、迷える魂を抱え、一個体の肉体を持つ人間として生きていくための使命というか、
何故、自分はこの世に生まれてきたのか?という深い哲学を追求する上で、
一種のターニングポイントを迎えた、あるいはそういう非科学的な感覚を見つけた場所でもある。

次回は、そんな偶然の中の必然的であったチベット生活とそこでの不思議な体験を詳しく記したいと思う。
相変わらず、長い回想の旅路の中、
ごくごく私的な告白に付き合っていただければ、是幸いです。

私にとって、気高いヒマラヤ山脈のふもとで、
ひっそりと佇むチベットという場所は太陽の懐かしい匂いがする。
そして、この世界の中間点にして、まるで大きな原点のような奥深い思想と文化が渦巻いている。
幸運にも、その全貌のほんの上辺だけを触れることができたのだけれども、
微かでも伝えて、残していかなければならないことのような気がする。
極東の日本から愛を込めて、今もなお闘う彼らに捧げたい。
誰かを救うには、あまりにもつたなく無力な言葉の武器で。

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コトダマピース 22詩*『走る体、転がる意志』
2008-03-22 Sat 00:10
『走る体、転がる意志』

わたしは、今宵、殺される。
殺されるために走るのだ。身代わりの友を救うために走るのだ。
走らなければならぬ。そうして、わたしは殺される。
若いときから名誉を守れ。さらば、ふるさと。
若いメロスは、辛かった。
幾度か、立ち止まりそうになった。
えい、えいと大声を上げて自分を叱りながら走った。
斜陽は赤い光を、木々の葉を投じ、
葉も枝も燃えるばかりに輝いている。
日没までには、まだ間がある。
わたしを待っている人がいるのだ。
少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。
わたしは信じられている。わたしの命などは問題ではない。
死んでお詫び、などと気のいいことはいっておられぬ。
わたしは、信頼に報いなければならぬ。
今は、ただその一事だ。
走れ、メロス!

                      【太宰 治~走れ、メロス~】
                    
                    
【終わりなき魂の詩(うた)と理(ことわり)~第2章~】

今、東京ではもっぱら「走ること」が流行りなのだそうである。
この冬は各地のマラソン大会が大盛況だったようだ。
メタボや美容対策として、政府や企業が諸手を挙げて功を得た様子。
そして、各地でマラソンにランナーとして参加する以上に、
街頭で閲覧する人の数も多い。
この前の東京マラソンでも芸能人やアナウンサーがこぞって参加したせいか、
マスコミも一日中、大騒ぎだった。

しかし、冷静に考えるとマラソンというものは、他のスポーツと比べると、
得てして奇妙な競技である。
何故ならば、そこには複雑なルールや込み入った展開があるわけではなく、
ただランナーが「走っている」姿があるだけだからだ。
サッカーや野球、またはバレーボールなど他にも視聴率が高い競技と比較すると、
劇的な盛り上がりも少ない。
それでもなお、見る者を惹きつけ、
心を熱くさせる「何か」がそこに存在しているようだ。

ただ「走る」という点において、共通するものといえば、
例えば、競馬や競輪、F1レースなどがある。
しかし、これらは同時に賭け事だったり、
人間が作ったメカニズムへの尊厳などが反映されていて、
「走る」という行為自体に、重点を置いているわけではないと思われる。

確かに、「走る」側の人間は、長い距離の間で、
『ランナーズハイ』というある種突き抜けた感覚のナチュラルハイな状態に入る。
つまり、脳内でモルヒネとよく似た物質が分泌される。
それはいわゆるセロトニンというリラックス成分だといわれているが、
とにかくコイツが分泌されることによって、
肉体の苦痛から開放され、まるで天国にでもいるような気分を味わうというわけである。
よく長時間のウォーキングやジョギングがストレス解消になるといわれるのも、
このセロトニンのせいである。
ちなみにセロトニンはウォーキングで30分以上、
ジョギングで20分で脳内から分泌されるらしい。
ストレスを解消したい方にはぜひお勧めしたい。

とはいえ、今回論じている点は「走る」側ではない。
「走る」姿を見る側の人の状態、である。
人が「走る」だけで、どうしてあんなにむやみに白熱できるのか?

TVの前で解説者の声を除いて、ふと耳を澄ませば、
淡々と走るランナーの呼吸の音が響く。
どうやらこれが一つの原因かと考えた。
いわゆる「変成意識」というもの、だ。

「変成意識」とは、簡単に言えば、いわゆる催眠状態を表す。
ランナーの呼吸音がなにゆえ、催眠術と関係するのよ?というと、
「変成意識」に陥るには、相手と同じ呼吸音やしぐさに合わすことが大前提だからだ。
つまり、Aという人間がBという人間と同調するならば、
まずAはBと同じ呼吸数に合わし、
さらにしぐさや話し方を真似していく。
そうすることで、Bは自然とAの意識と同調していく…といった具合。
実は大抵の人間は日常のあらゆる場面で、
無意識にこういう半催眠状態に軽くかかっているのだという。
というのも「変成意識」に陥るのは、上記の方法以外にも沢山あるから。
恋愛なんてのもその一つだったりするんでしょうな。

とにかく、様々な疑問の中で、
一候補として浮かび上がった「変成意識」における影響の可能性。
ならば、「走る」人を見る者は皆して、半催眠状態にあるのだろうか?

いやいや、そんなことよりも本当はもっと単純な理由なのかもしれない。
「走る」というシンプルな行為の中に、人間なら誰しも本能的に「共感」するのだろう。
車や電車や飛行機などの便利な交通手段がなかった頃、
人間は自分の足で、あらゆる場所へ移動した。
そして、それはそのまま「生きること」にも繋がっていたはずだ。
かつては一日中歩いたり、走ったりして、獲物や食物を探し回った時代があった。
そうして、今この瞬間よりもっと先へ進もうと、
一方通行の限りある時間さえも追いかけた。

文明が進化を遂げる今もなお私達は「走る」人の中に、
そうしたかつての名残を見るのかもしれない。
誰かに、何かに頼ることなく、
自らの足でコツコツと築き上げていく「生きる」道のりを。

「走る」こと。
それは絶えず利便性を追求するようになった現代に生きる私達が、
何か心の片隅で忘れかけていることをふと思い出すような、
柔らかい刺激に満たされるものなのか。

当然ながら、前へ進むには、「走る」ことが必要だ。
時には歩くこともあるけれど、
まだまだこの旅の先は長い。
光も闇も突っ切って、なりふり構わず転がり込んだ風景の向こう。
そこには何が見えるのだろう?
それは、走り切ったあなたにしか見えない。
強い意志の下、きっと極上の宇宙(そら)が夢のまま広がる。
あなたの魂は絶えず肉体を走らせて、
今日も必死で探しているのだろう。
大丈夫、見つかるよ。
どんな不出来なレースにも、ゴールは必ずあるんだから。

さあ、行こう。
未だ見ぬ大勢の歓声が鳴り響く、まぶしい未来の方へ。
眠った意識よ、今走り出せ。

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コトダマピース 21詩*『こぼれおちるもの』
2008-02-27 Wed 00:53
『こぼれおちるもの』

心に鍵をかけてるひと、
かけすぎて人と話すのが苦手になったりしてる人、
自殺をしようとした事がある人。
俺はそのままでもいいと思うよ。
かっこ良いと思うよ。

でもどうか
生き延びてください。
 
お前が「死にたい」と言って無駄に過ごした今日は、
昨日死んだ奴が一生懸命生きたかった明日なんだ。

「独りでも生きていける強さ」なんてモノは要らん。
リボン付きでプレゼントされても捨てちまうだろうな。
独りで生きる意味ってあるのか?俺は孤独には全力で抵抗するよ。
いつだって誰かを探すよ。
他人が居てこその俺だろう。傷付け合って存在確認だろう。
これらを放棄した俺なんて死んでいる様なモンだ。

出会わなければ良かった出会いなんてきっとない…ないよ。

どうか、履き違えないで欲しい。
人の足を止めるのは、絶望じゃなく諦めだけだということを。

人は誰もがはじめから自分の場所をもっているわけじゃない
だから誰もが場所を欲しがる。
誰かの場所をとったっていいんだって、誰もが必死なんだから。
でも俺は君と一緒にいたい、同じ居場所にいたい。
だってそれが俺の生まれた理由だから。


                  【 藤原基央~Bump of chicken~ 】


【終わりなき魂の詩(うた)と理(ことわり)~序章~】

たとえば、今日という一日。
出会うべきはずだった人に私はちゃんと会えたのだろうか?
大量のノイズが重なり合う街中で、
かすれたサイレンのように鳴く、か細い何者かの声をはっきりと聞き取れたのだろうか?
本当は口に出して言わなくてはならない「ありがとう」という気持ちを何人の人に伝えられたのか?
何より、君は私を今日も覚えていてくれただろうか?

そんなたわいもない戯言であふれる毎日。
一瞬の過去を背にして、数秒先の未来を追いかける。

互いの顔を確かめる間もなくすれ違い、その他大勢がひしめき合う群集の中で、
私の儚い感情はガラス玉のように、こぼれ落ちる。
その後すぐに春を告げる風が豪快に吹いて、
足元から不要な痕跡をかき消していくと、
それは有無も言わさず、ちりぢりに飛散して、やがて粉々になるのだろう。
まるで何もなかったように。
そして、始めから存在すらしなかったかのように。

こうして日々浮かぶ無数の想いはすべて、
ただっ広く際限のない空間にただ虚しく吸い込まれていくだけ。

私という存在は、果てしない世界を前にして無力に違いない。
太刀打ちできないものは沢山ある。
だからといって、それで済まされる問題なのだろうか?
すんなりと納得できない気持ちが、幾世代もの次元を飛び越え、
魂をこの世界に留まらせている原因ではないのか?
しかしこれはもしかして私だけではなく、この世の普遍の定理?

そうだとしても、もうすでにすべては始まっている。
存在は続き、私達は闇雲に発信し続けるしかないのだ。
約束が果たされる、その時まで。

そしてまた、私達をはっきりと位置づけるパルス=信号。
それは言葉で始まり、言葉で終わる。
吐き出された言葉というシンプルかつ複雑な魂魄(こんぱく)。
おそらく、これは巨大な砂漠の中の一握の砂。
幾度となくすくいあげても、手の指の隙間から音もなくすり抜けていく。
私が紡ぎ出す迷い子の言葉は大衆の前にして、不可抗力。
されど、底抜けの衝動は一向に治まらず。

明日に約束はない。
そんなこと、最初から知っていた。
それでも真っ直ぐその先に向かおうとしているのは何故?
私という魂は何処へ行こうとしているのか?

ああ、そうか。
君がいるから、か。
届かないとわかっているこの言葉も、すべては君のため。
私達は多分、同じ場所からスタートして、そして最後にはまた同じ場所に辿り着くんだね。
きっと今は君の方がリードしてる。
私はすぐに寄り道してしまうから、少しずつ遅れてしまうみたい。
だけど、その分、面白い話をいっぱい手に入れたから、
いつかゆっくり君に聞かせてあげる。
とても長い旅を終えた後に。
君と一緒にいたいから、今日も一生懸命に走っている。
理由はすいぶん時間がたった今でもわからないんだけど。

目指す場所は、君との思い出の場所。
私達の魂が生まれた遠い昔、
一番最初に見たあの虹が立つ、懐かしい空の彼方へ。
数え切れない生命が新しく始まる、いにしえの大地へ。



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コトダマピース 20詩*『小さな手紙 』 
2008-01-22 Tue 23:50
『小さな手紙 』 

◆どこにかくれているの
 僕の君
 早くでてきて
 僕の人生のどの段階であらわれるの

◆近づいて近づいて
 ずっと近づいて
 君へ
 触れるほど近く
 そして
 そのくせ
 どこよりも遠い
 へだたりがあるように
 尊敬の気持ちで

 近ければ近いほど
 遠いところにいる人のように
 接することが大切で

 遠い人ほど
 他人ほど
 一瞬だけ出会う人ほど
 親しげに
 心をひらく

◆「どの時に 勇気がなくて、
 どの時に 手からこぼれ落ちて
 しまったのだろう」

 だれにもわからない。
 あるのはただ、今も
 もろくこわれやすく、時間のむこうで
 走って走ってふるえる月日。

 走ってとまって
 ふるえる月日。
 
◆悲しみなさい
 あとでむかえにくるから

 行きなさい
 あとで抱きしめてあげるから

 まちがったとしても
 あとで すべてを聞いてあげるから
 
◆気持ちがゆれていれば
 そこが旅の途上

 ありふれた景色でも
 異国情緒の夜景

 さえざえとした月の
 影をふんで歩く

 気持ちがゆれていれば
 そこが旅の途上

 あなた以外だれも
 みちづれはいらない
 
 アスファルトの硬い道も
 遊覧船のデッキ
 
 
◆矛盾に気付きそうになってる

 思ってることと行動が
 近くなるほど
 しあわせになっていくからね

 君の人生のしあわせをいのります


                        【銀色 夏生】

前略

元気にしてますか?
毎日、寒いね。
心身の具合など、いかがですか?

時々、メールってのはいかんせん日常に密着しすぎて、
本当は相手に届いているのかどうか判らない手紙のようなものってこと、
忘れてしまうよ。

信じすぎてるんだね。
送信する向こう側に必ず伝えたい相手が存在するんだって。
真意が伝わらない可能性の方が多いのに。
だから、届くといいな、このメール。

軌道がね、ズレることってあるね、人との関わりには。
出逢えたと思ったらね、また宇宙の片隅に一人放り出される。
それは自分の意思かもしれないし、そうじゃないかもしれなくて。

でも、また会いに行くんだよ。
何度でも。
そこに誰もいなくても。
約束なんかしてないけど、会いたいと思うから会いにいく。
それを私は繰り返してるよ。

あ、そうそう。
この前、久しぶりにMと会ったよ。
山のように積もった話はなかなか崩せなくて、
与えられた時間だけじゃ全然足りなかったけれど、
楽しみが次に持ち越されました。
今度再び、同じ軌道上に乗る日までのね。

ねぇ、最後に会ったあの日から、
ずっと君を探してるんだよ。
君の声がね、プツリと途絶えてしまったから。
あの時も少し、薄いガラスの膜のような心を揺らして、
脆弱な気配を見せつつ、下手に空騒ぎしてたっけね。
ごめんね。
あの時、私は知ってて、そのわずかなサインを見過ごしたんだ。

一体、どこに行っちゃったんだろうね。
Mも君の居場所は知らないって言ってた。
連絡もつかないってね。
また、一人旅に出てるのかな?
自分っていう、意識の更にもっと奥にある「最果ての秘境」目指して。
探検は終わるはずがないってわかってんのにね。
こっち側の世界にまた戻ってこれるかどうか、それすら危ういしさ。
でも、探さずにはいられないんだよね。
うん、それはわかってる。
君がどう思おうと、死ぬまで友達だから。
…って、笑うところじゃないよ。
今、ちゃんと神様に誓ったのに。

思えば、付き合い長いけどさ、
本当の君の芯に触れた回数なんて、全然大したことなくてさ。
だけど、少なくとも過去のある時点で同じ時間を共有して、バカなこと沢山して、
これ以上もないくらい、お腹を抱えて笑いあった日々があったよね。
あれは全部、幻だったのかな?
あんなにみんなで一緒にいて、本当はずっと一人孤独を感じてた?
もしそうなら、それって、正直ズルいと思う。
みんなはあのいつかは過ぎ去るはずの時間と場所に惜しまず心を預けて、
永遠に変わらぬ友情の対価にした。
だけど君だけが、心を支払わなかったってことになる。
そんなに信用できなかったのかい?
それとも、永遠って言葉に安っぽさを感じたの?
でも、残念ながら今だに続いてる。
君のいう薄っぺらい虚偽の関係が。
この調子じゃ、これからも続きそうだよ。
そのうち、嫌でもいぶし銀になる。


まぁ、でも君が帰る場所はちゃんと用意しておくよ。
だから、気が済むまで探して、見つけてきなよ。
今度はちゃんと。
君にとって、何が一番大切なことなのか、
君の見栄っ張りな心の叫びを誰に一番伝えたいのかってことを。

くれぐれも健闘を祈るよ。
でももう、過剰な心配はしない。
そんなの、お互い望んでることじゃないでしょう?
君を信じるよ。
ただ、それだけ。

では、またここに、君に会いに来ます。

                    かしこ
                    
追伸:
みんな、君と話したがってる。
どれだけ遠くまで逃げようとしても、
君という存在は、もう消せない。
それが君が求めている真実なのかもしれないね。
君はそこにいる。
単純だけど、確かにしっかり繋がってるよ。
この世界と、私達と。




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コトダマピース 19詩*『心象スケッチ』
2008-01-20 Sun 03:46
『心象スケッチ』

わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)

これらは二十二箇月の
過去とかんずる方角から
紙と鉱質インクをつらね
(すべてわたくしと明滅し みんなが同時に感ずるもの)
ここまでたもちつづけられた
かげとひかりのひとくさりづつ
そのとほりの心象スケッチです


                     【宮沢 賢治】


「2008年のあなたの運勢」というもの。
この年末年始を占った人も多いと思う。
普段はまるで興味がなくても、
この時とばかりは、日本古来の時期的な風習=お正月ムードに煽られて、訳もなく占う。
そして、妙に信じやすくなっている自分がいる。
お馴染みの高島易断や細木数子、江原啓之、鏡リュウジ、Dr.コパなどの派手な告知された年運特集でついつい診断してしまい、
「今年は大殺界です」
なんて書かれてあったら、
本当はどうでも良くて大して信じてないくせに、
仮に明日忘れてしまうことだとしても、
やっぱり何気に気になって、落ち込んだりしていないだろうか?

まあ、占いってのは過去何千年に渡り、
様々な国で、様々な人の手によって、
恐ろしく複雑かつ巨大な市場リサーチされた
執念の研究成果を元に体系化したもの。
いわゆる統計学の一種、ですから。
当たるも八卦、当たらぬも八卦、とはよく言ったもので。
そういうものだと思う、基本的には。


 今の仕事では「占い」という分野に関わることが多いので、
そのことを幸いに、この際思いっきり利用して、
実際、勉強というか研究というか検証というか、
そういう建前のもと、実のところは興味本位を大前提に、
あらゆる種類の占いで自分を診断してみることにした。

差し当たり、有名なものからマニアックなものまで、思いつく限り網羅する。
姓名判断、西洋占星術、ゲマトリア数秘術、カバラ、ルーン、タロット、
東洋の紫微斗数や四柱推命、陰陽五行、インド占星術…などなど。

そこから、果たして「自分」は見破られるのか?

この機会に、占いの力というものはどれだけのものか徹底的にやってやろうじゃないか、と無謀な挑戦を果たす。
それでもってやり過ぎて、
思いの外うんざりして、現時点ではもうすでに飽きているんだけど。

その結果。
率直に言うと、
どれをやっても、ほとんど同じ意味の結果が出ます、私の場合。
各自、占術や象意はまるで違うのだが、
もう、最後の方は「またか!」っていうくらい、
総合的に代わり映えのしない占断となりました。

そもそもどんなに有名な占い師や占星術家でも、
その占術自体には、
西洋東洋ともに共通の論理=ロジックが存在するから、
結論として類似した結果が導かれるのは必至。
あとは術者自身のカリスマ性や心理的アプローチ、巧みな話術、豊富な知識と経験などで
良し悪しが決まるものだと言い切ってもいい。
中には催眠術的なテクニックを使う人もいる。
事実、心理学や催眠術方面の研究も本格的な占い業には欠かせない要素であるから。
ちなみに占い師と占術家は違う。
占い師はたいてい感覚的というか、
いわゆる霊的、スピリチュアルな能力を持ち、
独自の占術で占断内容を補足していく類の人達で、
占術家とはもともと特別な能力があるわけではなく、
数ある占術を学術的かつ論理的に研究し、そのロジックをメインに使用し占う人達である。
後者は比較的男性が多く、占い&天文学マニアなタイプが多い。
細木数子なんかも本当はこっちなんじゃないかな?
ロジックを駆使して、半分以上は話術や人柄で攻める。
更に定かではないが、
とある専門家に言わせると、
彼女は19世紀辺りの古典的な催眠術を織り交ぜているらしいけどね。

それと江原氏のような霊能者によるカウンセリング?
いわゆるカルマだとかオーラだとか、そういう類の話は今回はパス。
それに関しては、また折りを見て見解を発表しようと思う。
話せば長くなるからね。
というか、いつも内容長いんだけど。

それにしても、姓名判断と生年月日はまったく違うだろう、と。
なんてったって数字と漢字ですから。
そう単純に考えた私は浅はかだった。

両者に関しても、ほとんど同義の意味合いが出現した。
悔しいがこの場合、
「そういう星のもとに生まれた」っていう固定的かつ束縛的な表現が正しいのかもしれない。
だからもうこうなると、
クドクドと説教のように何度も繰り返し占断され、
嫌味なほど導かれている方向に絶対行かないといけないような気分になって、
逆にプレッシャーというか、
何か俗にいう絶対に逃れられない宿命っていうの?
そういうのが本当にあるのかな…?とか思わざるを得なくなる。
それくらい、解かりやすかった。
診断は決して悪くはないんだけど、
総括的にこんなにもはっきり出ると、
なんだか悔しくて「このヤロー!」っていう感情が湧き上がる。
星は本当に知っているのでしょうか?
私が歩むべき運命ってやつを。

というか。
ここで、全て占い終えた後、何か見えました。
ある一つの大悟が。

ああ、なるほど。
「占い」とはすなわち、まったくの現実なんだと。
つまり、過去・現在・未来がすべて凝縮されている、
大げさにいえば、人生の縮図であるのだ。

語弊がないように、もう少しきちんと説明するならば、
今後の自分の方向性、そして生まれ持った本質などは、
実はほとんどこれまでの人生の中に明確に現れていたのだ、恐ろしいことに。
適した職業とか趣味趣向とか、叶えたい夢とか、
図らずも自分の意思で見つけたものが丸ごと夜空に浮かぶ無数の星の位置と、
そこから古来の先人たちが苦心して編み出した計算式に表れている。
腹ただしいくらいに。
物理学や数学の方程式が、未だ誰も見たことがなく、
前人未到の宇宙空間を緻密に計算するように、
占術っていうやつも、人間の生き様を巧妙に操る。
結局、自分はそこに示されたような所を、
知ってか知らずか自ら巡って体現してしまっているのだ。
いやいや、どこか思い込みってのもあるかもしれないが。

だから実際、自分が生きてきたことが示されるなら、
正直、占いする必要がない。
結局、全然関係ないな~と悟り…いや、ひらめきました。
要するに、思うように素直に生きることが、正しい占い結果の全てだと。
しかしながら、
それこそが、そもそも宇宙の定理に動かされてしまっているのだ!とあたかも人類を超越した存在、
すなわち神様や宇宙人辺りに言われたら、
もう反論の余地はありませんがね。

そういえば昔、藤原新也氏も取材で山の手線周辺の路上占い師を片っ端から巡っていたけど…
なんでそんなことしたかって?
私と同じく、占いなんかで自己分析できるかい!っていうのを証明したかったらしい。
恐らく、極度に猜疑心と好奇心がうずいたのでしょう。
そしたら、これがモロに返り討ちにあって、見事に惨敗。
彼もどれもこれもほとんど同じような診断内容で、
更に全体の八割方の占い師は本質を見抜いていたという。
しかもやっぱり今の彼自身の仕事や人生観に、
すべて直接繋がっている結果だった。

そうはいっても。
どこかでまだ定められし「運命」というやつに、
あらがってみたい衝動は、抑えられそうにない・・・
と、いう気持ちが自然と浮かび上がるのも、
星が導く、私の基本性質なのだそうだ。
ええい!うるさいぞ、占いめ!
詭弁は無用。完全に、メビウスの輪です。


次元の狭間で彷徨う魂達が、
生れ落ちたのは星と星の間。
孤高の光がそれぞれ集まり、幾重にも織り成すのは、
宇宙に無限に拡がる壮大なタペストリー。
そこに映し出された幾千もの多彩な輝きの中に、
人は、自分の生まれた意味を知る。

手をかざして、掴もうとする命の目印。
鳥のように羽ばたく光が、
私達を乗せた銀河鉄道を先導する。

たとえ目隠ししていても所詮、逝き先は同じ。
されど、生き方は千差万別で、まるで違う燐光を放つ、
互いの魂の存在を存分に触れ合って、感じ合って、確かめ合ったら、
溶け合うように一つになって、
やがてまた星へと還る。

ねぇ、どうか覚えていて。
あなたは紺碧の夜空に流れる、たった一つしかない美しい星。
私はいつも暗い闇に染まった天体の隅から隅まで観測して、
その宝石を探しているということを。

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コトダマピース 18詩*『ペルソナの鏡』
2008-01-11 Fri 02:56
『ペルソナの鏡』

私たちが認識できる限り、人間存在の唯一の目的は、
単に生きることの暗闇に火をつけることである。

人に苛つくことのすべては、
自分自身の理解に役立つ。

世界を創造するのは神ではなく、この私であり、
「私」の意識化という創造行為によって初めて、 
世界は客観的に存在するものとなるのである。

外の世界で、夢見ている人間は、
内の世界で、己の覚醒を見ている。

心の内側が意識されないでいるとき、それは外側に運命のように現れる。
意識の奥に隠されているものは、やがて運命として立ち現れる。

ある人に合う靴も、別の人には窮屈である。
あらゆるケースに適用する人生の秘訣などない。

私の一生は、無意識の自己実現の物語である。


                          【 カール・グスタフ・ユング 】


 また一つ新しい年が明けた。
無事に踏み越えた去年との境界線は、
まだその太さや形がぼんやりと陽炎のように残っているというのに、
もう、すでにまたいだ先の日常=仕事始めの日を早々に迎えてしまった。
今だ正月休みの人が多いと見え、
普段は騒がしい電車のホームもさすがに閑散としている。
人気の少ない地下鉄を、
何の気兼ねも無く、我が物顔で歩ける贅沢な時間。
毎年、この時期にしか味わえない、
本来なら人間の熱気が溢れかえるはずの場所で、
めったに人影が見当たらないという
この妙な優越感と独り占め感が漂う瞬間が、
私はすごく好きだ。

連絡口の長い通路の壁には、新年らしいポスターが張ってあった。
年齢がバラバラの有名な俳優の大きな顔が三つ。
一枚ずつ横に並び、手にしているのは、よく見知った缶コーヒー。
赤を基調とした、新春の華やかな広告だ。
『今、ここからがスタート』
そんなキャッチコピーに励まされながら、地上への階段を一歩ずつ上りつめる。

一刻も早く、と忙しく駆け上がる際にもl、
無機質なコンクリートの階段の壁づたいに、予断無く幾社もの広告ポスターがひしめく。
大都市の駅構内ならどこでも、
各企業のPR合戦が集中する最強激戦区を象徴する風景。

一通りの宣伝内容を横目で流しながら、改札口をsuicaでピッと通り抜ける。
その先にも大抵、巨大な商業用ポスターがあちこちで待ち構えているものだ。
あるものはこんな文言を書き連ねている。
「探そう!自分らしい働き方」
うん、そうねそうね、そういうの大事ね。
今、流行ってるもんね…
ん?アレ?
いや、ちょっと待てよ…流行??

ここで、急に今年最初の疑問が閃いた。
じゃあ、その「自分らしさ」って一体、何ですか?
 

近頃は、右も左も猫も杓子もぐるりと見渡せば「私」イズム。
「あなただけの…」「私らしい…」なんてキャッチコピーがどこかについてると、
たちまちヒット商品、
ちゃっかり儲かる商売になります。
ゲームにファッションにライフスタイルに「自分」をカスタマイズする時代。
ということはつまり、逆説的に置き換えてみれば「自分らしい」とか「個性」の定義が
実は案外できていないという証明にもなる。
そもそも自分らしく生きる術がしっかり理解できていたら、
このように、丸っきり付け焼刃的なメディアの扇動に
ぐいぐい押されることはあるまい。

「自分らしさ」っていう、曖昧かつ複雑の極み、
だけど表向きなんとなくパターン化して分類できるスタイルは、
どんどんマニュアル化し始めている。
よく考えるとすごい。
「自分」というスタイル作りが商売になるなんて。
食べ物や洋服を買う感覚で、他人の手を通してお手軽に「自分」をコーディネートする。

その延長線上で、ブログなんかも属するのかなって思ったりもするんだけど。

それはさておき・・・
「人生を変える」
「夢を叶える」
これはなんだか、夢がないと生きていく資格がないような、
あるいは夢を持っているということが確固とした生きる資格のような、
とにかく現状に甘えることなく、
人生を変えるように生きなきゃダメよ!っていう押し付けがましい無理やり感を、
最近は嫌でも感じてしまう。

ただ純粋に、自分にはやりたいことがあるというだけのことが、
何か崇高な事のように周囲には思われるのだが、
実のところ、そういう意志を抱いている人間より、
資格取らなきゃ、留学しなきゃ!という何か急に思い立ち、
漠然と言い出す人の方が大抵、
すんなり実現できるパワーがある。

これは単なるひがみではなくて、
何か夢を叶えるにもひどく真面目な優等生だな~って圧倒される節が多々あるのだ。
怠け者で面倒くさがりな私にはすごく羨ましい限りである。
が、しかし。
正直、良い子過ぎて窮屈そうだな、とも思う。

確かに効率がいいんだね。
ポイント押さえたノウハウとか飲み込みが早くて。

だけど、今の世の中でまがりなりにも商売化している「自分らしさ」というものは、
昔でいう複雑な哲学とか思想の体系はすっぱ抜いて、
手っ取り早く外枠だけでも具現化した者勝ち!
なんていう要素が目につくような気もする。

言い換えれば、「自分」も一つの消耗品。
どれだけエネルギーを放出するか、またはそれを社会にいくら注ぎ込むか。
自分自身を消費する時代。
これも資本主義から生まれたもの?

大量生産される「個性」という既成概念と既製品。
今日も誰かが仕掛けている、
「他にはないオリジナルでいるため」の見本。

「人と同じ生き方はしたくない」という、実はみんなが言ってる同じセリフ。
自ら踊っているつもりが、踊らされてたりね。
一見、個性的だと評されるあのボクサー選手とか、某有名タレントとか。
自分が作ってきたものと、誰かに作られたものとの折り合いってすごく難しい。
そもそも、自分の体に流れる遺伝子自体、自分で作ったものじゃあない。
父と母、そしてその後ろに控える祖先から受け継いだものだから。
私達の肉体はミトコンドリア遺伝子を運ぶ、ノアの箱舟のようなもの。
ま、このことはあくまでも私個人の究極論として、捉えてもらいたいのだけれど。

とにかく。
私達は毎日、そりゃあまあビックリするくらい色んな情報や物に左右されていて。
意識するとかしないとか関係なく。
カッコイイ人、キレイな人、頭イイ人、スポーツできる人…
憧れる対象も五万といる上に、
少しでも近づきたいっていう向上心も普通に持ち合わせている。
生まれてこの方、何にも影響されない人間なんてどこにもいない。
それは、人間はもともと慣習ありきの生き物だから。
いかんせん、脳から細胞から基本的に「習うより慣れよ」的な作りになっているせいで、
経験したことが無いこと、
つまり脳に一切記憶(データ)が無いものは絶対にできないのね。
そう考えると、
人間は記憶のつぎはぎ、いわゆるパッチワークで形成されているってこと。

それで、ね。
たかが一個体なのに、
科学や心理学やらを全力で駆使しても「自分」という人間像なんて、
そう簡単に作れるわけがないから、結局またふとした問いかけは自分自身に戻ってくる。
そうすると再び何度も辛抱強く、
同じ答えを探し続けるしかなくなる。
他人に押し付けられた取り組み方法ではなく、別の違う方法で。
つまり、自分が。
そして、あなたが。

「それで君はオリジナルなのか、ダミーなのか?」
その感覚すら、実際のところ危ういわけで。
こんな情報過多な世界に棲んでいたら、
誰だって混乱するよ、「自分」って人間が本物かどうか。

だから、いかにも商売めいていて、
軽くて安っぽい「自分探し」にまどわされるな。
優しげな自己啓発なんて、大きなお世話だ。
自分の内面を掘り下げていくのは、本当はすごくすごく苦しくて辛い。
気が遠くなるほどの失望と挫折の連続と、
孤立無援の真っ暗闇の過程を通り抜けなければ、
光の宝石を見つけられない。
前人未到の深海に沈んでいくような、
潜在意識へのダイブは思いのほか勇気がいるし、
得体の知れない不安も伴う。
それはもはや古臭いやり方で、
時間がかかる職人技な部分があるかもしれないのだけど、
このブログで何度もいうように、
結局、そういう所に帰結することって多い。
多分、人間に染み付いたやり方っていうか、さ。
理由はよくわからないけれど、本能的感覚で感じる分野だと思う。
自己を追求するのは。


そして、今日。
冒頭の缶コーヒーのポスターの前を通り過ぎた時、
思わず足を止めてしまった。
事態は思いもかけない形で異変していた。
よく見ると、俳優三人のうちの一人の顔がない。
その部分だけ、輪郭をなぞるように何者かにカッターナイフで丸く切り取られていたのだ。
そこにあるはずの顔がないということ。
それは、不意に当たり前に存在すると認識している「自分らしさ」を探し過ぎて、
反対に自分を見失ってしまった人間の姿を物語っているような気がして、
背筋が凍る想いに駆られた。
その顔の主が誰だったのかは、
いくら考えても思い出せないのだけれど、
一体、何処に行ってしまったのか…
そのことだけは、こうしている間も胸に残る。

この不可解な戦慄の中で、嗅ぎ分けようとしたのは、
これがもし、大切なあなたの顔だったら。
私はきっと、取り返しに行ったはず。
誰が切り取ったか判らないけれど、
それはこの世でたった一つしかないものだから。
同じような似たものが沢山あるけどね、
私は見極められるよ、絶対に。
あなたが浮かべる微笑みの、
一瞬一瞬が放つ無限の美しさを誰よりも知り、
そして、失いたくない。
何故ってそれが、紛れも無い「あなた」でしょう?

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コトダマピース 17詩*『静夜~ドッペルゲンガー~』
2007-12-31 Mon 04:09
『静夜~ドッペルゲンガー~』

静けき夜 巷は眠る
この家に 我が恋人はかつて住み居たり
かの人は この街すでに去りませど
そが家は いまもここに残りたり

一人の男そこに立ち 高きを見やり
手は大いなる苦悩と闘うと見ゆ

その姿を見て 我が心おののきたり
月影照らすは 我が己の姿
汝 我が分身よ 青ざめし男よ
などて 汝の去りし日の
幾夜をここに悩み過ごせし
わが悩み まねびかえすや

Still ist die Nacht, es ruhen die Gassen,
In diesem Hause wohnte mein Schatz;
Sie hat schon langst die Stadt verlassen,
Doch steht noch das Haus auf demselben Platz.
Da steht auch ein Mensch und starrt in die Hohe,
Und ringt die Hande vor Schmerzensgewalt;
Mir graust es, wenn ich sein Antlitz sehe
Der Mond zeigt mir meine eigne Gestalt.
Du Doppelganger, du bleicher Geselle!
Was affst du nach mein Liebesleid,
Das mich gequalt auf dieser Stelle
So manche Nacht, in alter Zeit?



                           【ハインリッヒ・ハイネ】


 「生命を奪うこと」~三部作~
*第三部*

”切り裂きジャック”をご存知だろうか?
100年以上前のイギリスで発生し、
史上最も有名な猟奇殺人事件と謳われた犯人のニックネーム。
当時イギリスではちょうど「ジキル博士とハイド氏」が舞台で人気を博している最中で、
その嘘のような悪夢がまさに現実で起こったと、
世間をセンセーショナルな渦に巻き込み、
善良な人々を恐怖と驚きに震撼させた。
そして、今直未解決のまま、
忽然と歴史の闇に消えた迷宮入り連続殺人事件である。
この極悪非道のシリアルキラーは、
現在でもその異様なまでのカリスマ的存在感に衰えはなく、
今日における猟奇殺人事件にもしばしば引用されるほどだ。
「羊達の沈黙」のハンニバル博士も、
ジャック・ザ・リッパーを参考にして描かれたとさえ言われる。
無論、真の犯人は今日に至るまで明らかにされていない。

しかし、事件から100年も立った今となって、
真犯人の目星がつき始めたという。
事件はもうとっくの昔に時効であるし、
数少ない貴重な証拠品も時とともに劣化の道を辿っている…
が、ここにきて、いや実は当時から怪しまれていたある人物に
再び脚光が浴びるようになった。
容疑者として挙げられているのは、
イギリスの偉大なる印象派画家の巨匠ウォルター・シッカート、
その本人だったという憶測が水面下で囁かれているのである。
だが残念ながら、彼は1942年に没しており、
すでにこの世の人間ではなくなった。

ウォルター・シッカートなる人物は、誰が見ても極めて容姿端麗で、
穏やかな物腰から発せられる会話は知的で
ウィットに富んだ完璧な紳士であり、
何よりも著名な画家という名誉ある地位も持っていた。
だが、その華麗な人生の裏側に隠されていた彼の屈折した性質は、
生まれつき性的不能者でサディスト、
加えて幼少時代から厳格な父親に逆らえなかったという抑圧から生まれた。
そしていつも冷淡で自分にしか関心がないという性癖も
犯罪に加担した大きな要因ではないかと推測されている。
彼が生涯被っていた化けの皮を一枚一枚剥がす時、
いくら善良な市民に化けようが、
本質的には悪魔のようなサイコパス=精神病質者だった、という本当の顔が現れてくるのだ。

サイコパスとは、基本的に下記のような特徴があるらしい。
①口達者である
②自己中心的で傲慢である
③良心の呵責や罪悪感が欠如している
④共感能力が欠如している
⑤嘘つきで,ずるく,ごまかしのうまい
⑥芝居がかっていて、感情が浅い

更に彼らは法を犯すこともなく,かなりうまく社会に溶け込んでいる。
しかも、やっかいなのは上記を駆使するおかげで、
一見非常に魅力的でカリスマ性を備えている場合も少なくない。
弁護士,政治家, 医者,精神科医,学者,傭兵,警察官,
カルト教団のリーダー,軍人,実業家,作家,芸術家といった職業に
まぎれていることが多いという。
けれどこういう人たちにしても,とても自己中心的で,冷淡で,
人を操作することが非常にうまい。
知能レベルが平均以上に高く、高学歴で,家系がよかったり,
専門的な職種についていたり,環境がよかったりするおかげで,
見た目は正常に見え,比較的無難に欲しいものを手に入れている。

こうして見ると、天才肌的要素がありつつ、
普通に生活する上では、
まともな人間となんら変わらない気がするのではないか?
しかし、このタイプの多くは人を殺すことに喜びを感じるのだ。
人を殺すためには、相手を丸め込んで自分を信じさせなければならない。
だから、嘘をついて、芝居をする。
もちろんそこに、自責の念は皆無である。

ならばどうして、こんな偏った共通点が発生するのか?
はっきりと断言できる原因は、専門家も今だつかめていない。
個人差や環境によって、
共通点の組み合わせに無数のパターンがあるからだ。
だが、ヒントは幾つかある。
アメリカの科学的な調査によれば、
犯罪者のうち、約80%が幼児期に親から虐待を受けており、
そのうちの約50%が脳の前頭葉に異常があると判明している。
感情をコントロールしている前頭葉に障害があるということは、
正常な感情表現ができず、暴力をふるったり、
衝動のまま殺人を犯すことに対して自制がきかない。
そして、殺すことに、常人が持つような
罪の意識や悔恨の念がまったくないということだ。
ないというより、脳の機能上持てないといった方が正しい表現かもしれない。

現在、世界保健機関(WHO)では、
最初から前頭葉を含めた脳に正常な働きが見られないためにおこる精神病質者を、
「非社会性人格障害」という疾病として分類している。
こうして考えると、脳における障害に対しての処置は難しいけれど、
子供に理由も無く暴力をふるったり、虐待することを避けることで、
トラウマから生まれる大半の犯罪は未然に防げる気がする。
だから私達ができることっていうのは、
当たり前のことだが、子供たちを愛してあげることから始まる。
やっぱり、愛ってやつがないと人間はまっとうに生きていけないんだよね。
その上、何度も確認しないと不安でしょうがなくなるなんて、
つくづく、人間ってやっかいな生き物だと思うよ。

余談だが、
前回、戦争時における兵士の性質について述べたように、
全体の中で20%は精神病質者がいるとの分析があった。
これは、どうやら人間界だけの現象ではないらしい。
たとえば働きバチを例にあげると、
一つの巣箱にいる、働きバチのオスの2割がきちんと働かずに、
ただブンブン飛び回るだけだそうだ。
そして、この怠け者(?)の働きバチを全て取り除いて、
残りの8割の真面目なハチだけを巣箱に残し、
再び観察を続けると、今度はその8割の中からまた20%の確率で、
まったく役に立たないハチが出現してしまう。
これを何回繰り返しても、同じ結果が生まれるのだという。

つまり、永遠になくならない、謎めいた20%のマイノリティ要因。

う~ん、私達がいる世界ってのは本当に不思議でいっぱいあふれてるね。
追いかけても追いかけても、
テーマとネタに尽きない場所で、日々生きているわけです。
尊厳と驚異に、思わず合掌。

さてさて、今年最後の締めくくり。
狂気と天才は紙一重。
だったら、自分はどっちでもないな。
というか、狂気はやっぱり勘弁して欲しい。
自分の脳に、決して狂わないようにお願いします。
狂気ってのはきっと天涯孤独で、
自分の内側で際限なく悶え苦しむんだろうけど、
それ以上に、周りの人をもっと苦しめ、不当に傷つけてしまう。
親兄弟も友達も、愛する人も。
それだけは、絶対にしたくない。
大切な人が悲しむ顔は、いつだって一番見たくないもの。

だから、今ここで自分は一人で生きているわけじゃないと、
心の奥底からかみしめられる喜びを与えてくれている、
多くの皆さんに、ありったけの感謝の念を込めて。
いつもたくさんの愛と励ましを、大きくて温かい支えをどうもありがとう。
そんな心やさしいあなたに、
来年も、限りない幸せと多くの笑顔が降り注がれますように。


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コトダマピース 16詩*『道程』
2007-12-30 Sun 18:17
『道程』

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちにさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守ることをせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のために
この遠い道程のために


                     【 高村 光太郎】


 「生命を奪うこと」~三部作~
*第二部*

いつかの深夜番組で、ある一人の男性が取材を受け、衝撃告白をしていた。
東大卒の50歳。
仕事は塾の講師。
見た目は小太りで眼鏡をかけていて、頭はすっかり禿げ上がってる。
服装は事務員みたいな地味なベージュのジャケットで、終始憂いのある表情を浮かべる。
何だ、ただの普通のオヤジじゃないの。
しかもまるで理不尽にリストラされた人のような、行き場を失ったような暗いオーラ全開で。
自宅の薄暗い蛍光灯の下でインタビューを受け、猫背気味にボソボソ答える彼を見て、
あまりにもつまらないと判断し、チャンネルを変えようとした・・・
その時。
平凡を絵に描いたようなその男性がおもむろに立ち上がり、しばし部屋から消える。
待つこと数十分、再びカメラの前に現れた彼は、もはや「男性」ではなかった。
そこには全く別人に成り代わった、一人の”女”が立っていたのである。

そう、彼の趣味は女装。
最近はこの趣味が実益を兼ねるようになって、女装サロンを経営しているのだという。
自身のブログやHPでも、その見事な艶姿ぶりをを頻繁に公開しているそうだ。
しかし、いくら派手な服装と化粧を施した女に化けても、
その全体像自体には相変わらず覇気がない。
場末の売れないスナックのママみたいな、
世間に倦み疲れたようなどんよりとした暗さが全身から滲み出ている。

彼が、女装をするようになったのには理由があるらしい。
何年か前に、実の父親が死んだことがきっかけだったという。
男…いやその女は淡々と語り始めた。
「 父親をとても尊敬していました。
 でも、ガンが発覚して、知った時はもう手遅れな状態でした。
 死ぬ直前、父は病室のベッドで、生命維持装置やら、点滴やら、それはもう痛々しい限り 
 で、息も絶え絶え横たわっていました。
 その状態から察するに、私はもうダメだと思ってたんです。
 先生も長くはないとおっしゃていました。
 ある日、父の容態が悪化し、一瞬心臓が停止しました。
 その時、私は先生に
 ”延命措置はいかがいたしますか?”と聞かれたんです。
 そこで、私は迷いました。
 このまま意識もないまま、生命維持装置と点滴でただ生かされるだけなんて、苦しいだけだと思いました。
 それならいっそ、早く楽にしてあげたいと考えて、先生に医療装置を外してもらうことにしたんです。
 そして、父は静かに息を引き取りました。
 後日、お葬式で父の会社の部下や知り合いが皆さん、口を揃えてこうおっしゃいました。
 ”素晴らしいお父様だったのに、どうしてこんなに早くに逝ってしまわれたのか…”
 それを聞いた時、私は思ったんです。
 皆から尊敬される父を殺したのは、他でもない”私”なんだと。
 あの時、私が延命措置をしていれば…父はまだ生きていたかもしれない。
 でも、しょうがなかったんです。
 ああするしか、私には他に選択の余地はないと、そう愚かにも判断してしまいました。
 死ぬほど、後悔しました。
 お葬式が終わってからもずっと自分を恨み、憎みました。
 それで、もう何もかも捨てたくなってどうしようもなくなって、やけくそになって…
 ある日、思い切って街に出たんです。
 女の格好をして。
 通り過ぎる人たちは皆、すれ違いざまに私を見ました。
 その視線を感じたとき、何故かものすごい開放感があって。
 そして、救われたんです、私の心が。
 それ以来、女装をすることは私にとって、精神のバランスを保つ行為なんです。
 そして、全国にもきっと私のような人間は沢山いると思うんです。
 だから、勇気をあげたくて。
 私は女装してるんです。」
 
これ、皆さんはどう思いますか?
私的には正直申し訳ないけれど、あ、この人、病んでる、と思った。
父親を失ったショックと傷が、まるで癒えてない。
なんかこう、健全な開き直りがないっていうのかな?
美輪さんとかIKKOさんみたいなさ、悟りというか独自の生き様というか、たくましい覚悟というか、
そういうのをあまり感じられなくて、
どっちかっていうと、説明しがたい切ないものを受け止めざるを得なくて。
そこから察するに、彼はもともと昔からゲイやらニューハーフの素質があってやってることではないんじゃないか?と感じたわけ。
つまり、父親を自ら殺した(と思い込んでいる)ことによって、自分の中の「父性」な部分を失ってしまったんだろうな、と。
だから、きっと好きでやっている以上にリハビリ治療なんだよね、彼にとっての。
いや、むしろリハビリになっていない可能性もある。
このまま死ぬまで、父=男性要素から目をそらし続けるのなら、
トラウマは一生消えないかもしれない、彼の場合は。
父親の死をきちんと受け止めた上で、
女装をするなら何か一線を越えた潔さみたいなものがあるのだろうけど。

それでも現段階で、
彼は(思い込みの部分が大きいが)人を殺めた罪にさいまれている一人である。
そして、これもある意味、「親殺し」に違いない。
もちろん、彼の場合は神様から大きな等価交換を余儀なくされた。
激しい痛みと悲しみを伴いながら、自分の中の父性さえ犠牲にするという苦しみを受けてしまったのだ。
日本における「親殺し」っていうのは、両親(特に父親)との摩擦が少なくなった現代っ子にとっての、
親を超える儀式に相当する行為なのだそうで。
人間は、成長していく段階で、どうしても親を超えなきゃいけないんだね。
その葛藤が、主に思春期に爆発するらしく、そこで子供の中で発生した感情の坩堝を両親、
もしくは祖父母等の他の家族、そして社会がきちんと真正面から受け止めて、軌道修正してあげないといけないんだって。
だけど、今の世の中は核家族や地域社会が崩壊してしまっていて、
本来はあるべきはずのクッションが極めて少なくなったから、
子供自身で必死に解決しようとしているの。
それが、「親殺し」という最悪かつ究極の形で表れ始めているというわけ。

だけど、親だって完璧じゃない。
一人の人間だもの、必死に生きてるんだよね。
自分の子供や家族を守ろうとして、現代社会の矛盾と戦い続けている。
親は親、子供は子供って線引きするんじゃなくて、
役割を頭から押し付けるのではなくて、もっと寄り添って、
お互いの立場を理解し合うってことが、やっぱりこれからはもっと必要だし、
何より大事にしていかなければ、
この世界は一体どうなってしまうんだ?ていう不安はずっと消えない気がするよ。

これは、なにも親と子の問題じゃないね。
もとを正せば、人間同士の当たり前の部分だから。

来年以降はもっと、こうした当たり前の事に力を入れて生きていこうと思う。
「あなたがいてくれて、本当に良かった」っていう感謝の気持ちを、
誇らしく胸張って伝えていけるように。


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コトダマピース 15詩*『地球の悲しみを背負う者たち』
2007-12-28 Fri 00:57
『地球の悲しみを背負う者たち』

その時ふと単純なことに気づいたんだ。
結局人がきれいになるということはさ、自分の汚れをどこかに捨てているということなんだなって。
どこかに押しつけてる、汚れをね。
その汚れっていうのはずっと消えないわけね、どこかに行ってんだよ。

でね、人と人の関係の中にもそれがあると思うんだ。
それは貧富の格差にも言えることなんだけど、この世界には身ぎれいな人間がいる一方、
苦しみだとか汚れみたいなものを、引き受けている人間がいるんだね。
例えば、インドとかアフリカの村にいくと、
飢えた子がたくさんいてハエがたかるくらい本当に汚れているんだけどさ、
それは地球の豊かさを享受してる身ぎれいな人間の汚れとか苦しみとをその子たちが引き受けてるっていうのかな、
なんかその、そういう風に俺には見えるんだな。
それは俺が勝手に作った理屈かもしれない。
だけど理由をつけてやらんと浮かばれないだろ。
単なる犬死でただ七転八倒して死にました、
「あぁ、神様なんていない」っていうような、そういうとこで終わらせるというのは、
やっぱり亡くなった人もかわいそうだし、浮かばれない。
こちらの心もおさまらない。どこかで折り合いをつけてあげる。
それが仮に理屈であろうと、必要なことなんだね。

                                  【 藤原 新也 】


 「生命を奪うこと」~三部作~
*第一部*
 
 もうすぐ2007年が終わろうとしている。
今年は、格差社会、年金問題、高齢少子化、偽装問題などという言葉が、世間やメディアを賑わせたが、
個人的に気になったのは、例年にも増して、不可解かつ不快な殺人事件、特に「親殺し」がすごく多くなったな、と思う。
未成年者のみならず、高齢者の事件も多発している現状。
年を追うごとに、「人を殺す」形態や動機が、どんどん歪んでいくように感じる。
そして、殺人を犯した状況下の心理状態も非常に掴みづらい。
犯罪心理学に当てはまっているような、いないような、専門家の指摘も曖昧でイマイチよく解らない。
恐らく、最近の事情が複雑過ぎて、まだきちんと研究できてないのかもしれない。
実は「親殺し」というのは、近年の日本人独特の現象なのだそう。
現代の日本人に一体、何が起こっているのだろう?

この間、TVで「手紙」という邦画を見た。
殺人を犯した加害者は、人を殺めたという罪をつぐなうだけでは許されない。
あとに残された被害者側の遺族はもちろんのこと、
加害者側の親族をも苦しめるのだという確たる事実。
こんな時代だからこそ、あえて今放送したのだろうか?と思わず、制作者側の意図を推察してしまった。

「人殺し」という心理について、
猟奇殺人や精神病質的な犯罪者というある種の特異な視点からではなく、
戦場における一般人の感覚から分析したアメリカ人の軍事資料によると、
なんと第一次、第二次世界大戦中で健全な精神の兵士達の8割が、人を殺す行為を避けていたという驚愕な事実が浮き彫りになったそうだ。
敵との遭遇戦に際して、火戦に並ぶ兵士100人中、平均して約15~20人しか「自分の武器を持っていなかった」のである。
しかも、戦闘状態が一日中続こうが、三日、一週間と長引こうが、つねに一定だったらしい。
なら、最前線で銃持って結局、何してたのよ?というと、
武器を持たずに仲間の救護をしたり、弾倉の補充をしたり、
あらゆる理由で殺人に手を染めることを避けまくり、それでも終いには逃げ切れなくなると、
銃を持ちつつ空に向かって空打ち、もしくは敵の焦点を避け、あえて頭上を狙ったりと
なんとか敵を「殺さないように」工夫をしていたというのだ。

それでは、全体の20%は?というと、これがいわゆる生まれもっての異常な攻撃的気質を兼ね備えた精神病質者である。
そういう人間は特殊コマンド部隊の精鋭に多い。
国家命令のもと、犯罪に問われず、自らを正当化して殺人を実行し、
そこから得る屈折した快楽を、思う存分満たすことができるタイプの人間達。
しかし、こうした集団によって、世界大戦の勝敗が決定されたという皮肉な結果が生じた。

このことから導かれたのは、つまり、普通の人間は本来、人間を殺すことにすさまじい程の抵抗感を持っているということである。
故に、ベトナム戦争では、この結果をもとに、一般兵士たちに様々な軍事訓練を施し、
先の大戦よりずっと的中率を上げたそうだが。
それでもベトナム戦争で人を殺してしまった帰還兵達の大半が、
特殊訓練を受けたにも関わらず、アメリカ本国に帰った後に、
かの有名なPTSD(心的外傷後ストレス障害)などの病に悩まされることになった。
今でも、勇敢な大尉クラスの人間ですら、人を殺めた罪にさいなまれ続けているという。

まともな感覚の持ち主が、人を殺すために必要な条件は相手の人間を「物」として捉えることが一番効果的であるようだ。
そうなるための方法は、私達には全くもって必要のないものであると判断し、あえてここでは割愛する。

冒頭の現代における殺人犯罪から、何故、こうした下りになったかというと、
時代を超越して、人間の本能的には同族を殺めるという禁忌行為に対する罪の意識が
異人種間に共通して根深く存在するということを伝えたかったからだ。

他人を殺すことは罪、そして自分自身を傷つけ、殺めるのもやはり罪に違いない。
人間は生まれながら罪を背負って生まれるなどという性悪説もあるけれど、
所詮は他人の物差しで測られた扇動的な理論。
どんなに偉い人間が言ったとしても。
不意に死にたいと思う気持ちは、大概の人間なら一度は経験することなのかもしれない。
しかし、そう考えた人は皆、何かあきらめのつかない想いがあって、この世に引き止められたのだ。
そして、今日も生きている。
極めて幼稚かつエゴイスティックで、大体が衝動的な犯罪と理不尽な自殺者が増える一方の日本社会で、生き抜こうとしている私達に託されている使命とは一体、何なのか?

あなたが必死に生きていくことを、誰も望んでないなんて、
自分で決めつける前に、もっと見渡すべき世界があるんじゃないかな?
望まれて生まれてきても、自分の誕生を祝ってくれた親兄弟を殺され、
一部の政治犯やテロリストに人生を翻弄された挙句、
犬畜生のように扱われて、短命を余儀なくされる子供達が世界の至る所に存在する。

何の罪もない彼らのために、私達ができること。
それは、「自分」という人生を生命が続く限り、精一杯謳歌することだ。
そうすることでしか、彼らに示せる命の証明は、ない。

この世界に生じる醜さも美しさも
目を開いて、真っ直ぐ見つめて、心と身体でひしと感じる。
怒りと悲しみに襲われても、人を殺める勇気などない。
否、そんな虚勢を張った偽りの勇気はいらない。

湧き上がる憎悪は、その対極の愛情に費やせ。
その憎しみのエネルギー、一度リサイクルしてみようよ。
そしたら、全く違う形の有機物になって、
あなた自身を救う手段に変わるから。

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コトダマピース 14詩*『脳と心』
2007-12-15 Sat 01:39
『脳と心』 

  この卵型の骨の器にしまってあるものは何?
  傷つきやすく狂いやすいひとつの機械?
  私たちはおそるおそる分解する 
  私たちは不器用に修理する
  どこにも保証書はない
  その美しいほほえみの奥にあるものは何?
  見えるものと見えないものが絡み合う魂の迷路?
  私たちはおずおずと踏み込む
  私たちは新しい道標を立てようとする
  誰も地図はもっていない 

  しかもなお私たちが冒険をやめないのは何故?
  際限のない自問自答に我を忘れるのは?
  謎をかけるのは私たち自身の脳
  謎に答えようとするのも私たち自身の脳
  どこまでも問い続け・・・いつまでも答えはない

                                【 谷川俊太郎 】


「あなたは、どんな人ですか?」
そう尋ねられたら、一体なんと答えるだろう?

私なら、確実にこう答える。
「根っからの矛盾屋」
この言葉に、一点の迷いもなく、嘘偽りもない。
ましてや、そのように開き直って宣言することに、逆説的な矛盾すらない。

つまりは[あまのじゃく]なくせに、ここで正直に認めてどうする?
だけど、矛盾って、いくつか重なってしまえば、意外と肯定に結びついてしまうものなのだな、これが。


 あらゆる情報が新旧問わず忙しく飛び交う都会では、若いサラリーマン層に人気の、有名なフリーペーパーがある。
もともと25歳前後の男性サラリーマンをターゲットにしていたはずが、あれよあれよという間に世代や性別を越えた読者を取り込み、気づけば爆発的な大ヒット商品となった。
これは、大手出版社のRから定期的に発行されていて、大抵、地下鉄やコンビニなどの空き棚に、これでもか!という程、ごっそりと積まれている。
しかしながら、小1時間もすると、きれいさっぱりなくなってしまう、競争率の高い代物。
特に、朝の早いラッシュ時なんかは。
堅苦しい社会に飲み込まれつつ、型にハマらないことをポリシーとする象徴のようなロン毛にスーツ姿の会社人達が、電車の中などでバイブルのように手にしている。
この一冊を読むことで、時代の流行を手短に読み取ることができるのだ。

その編集部が、この雑誌を立ち上げる際に、独自のアンケート調査をしたという。
最初は、ネットで約1万人に意見を聞いた。
「普段から新聞を読んでいますか?TVを見ていますか?」
答えは8割が「NO」だったらしい。
それで、今度は直接200人に面と向かって会い、同じように話を聞いてみた。
すると、大半が「カバンの中には日経新聞が入ってます。TVはあんまり見ないけど、たまに情熱大陸とかプロジェクトXは見る」
それって、新聞読んでんじゃん!
TVもしっかり見てんじゃん!
という、驚きべき根本的な矛盾が炸裂したという。
それゆえに、何故こんな不可解な矛盾が生じるのだろう?と当初は随分、頭を悩ませたそうだ。

そこで、一つの結論として。
結局、実際のところ、皆世間の流行に無関心なふりをして、本当はすごく知りたがっているんじゃないの?

 これはごく個人的な考察だが、最近の日本人は(自分も含め)随分と「あまのじゃく」な人が増えたのかな、と思う。
「あまのじゃく」な性質については、心理学の分野でもフロイトを筆頭に、余すところ無く研究し尽くされていて、専門用語として「反動形式」といわれている。
よく見かけるのは、小学生の男の子なんかが、気に入った女の子に対して、本当は大好きなのにわざと冷たい態度を取ったり、いじめてしまうという屈折した愛情表現など。
つまり、「反動形式」とは、簡略化すると、自我(心)の中に許し難い衝動・情動とその派生物が生じてくるとき、その正反対の意識・態度が生起する事によって生の衝動や情動と距離を取るような防衛機制の一種なんだそう。
いわゆる、自分を守る手段。

自分を守るという行為が必要になる状態は、得てして外部に己をむざむざと侵食しようとする「敵」が存在するからだということになる。

ということは。
現代に生きる日本人はおのおの、人知れず何かしら戦っているんだな~、というところに帰結せざるをえない。

すべからく人為的に仕掛けて、あくまでも物的な戦争が無くても、人間は生来何かと戦わずにはいられない生物なのだろうか?
誰かを傷つけ、何かを壊して、果ては自分さえも傷を負う。
これではまるで、近代の人類が目指すべき真の平和とは程遠くなる一方だ。

そして、冒頭に述べたように、「あまのじゃく」の代表のような私。
自動販売機で、缶コーヒーを買おうとして、何故か隣りの緑茶のボタンを押してしまう。
缶コーヒー一つ買うにも、無駄な防御システムが作動する。
格闘する場所がいたってお粗末。
それでも、バカみたいに己の意思を裏切る。

言ってみれば、自分をね、裏切ることは簡単なのだよ。
でもね、それは明らかに反則行為なわけで。
認められたい、愛されたい、注目して、受け止めて欲しい。
そんな正直な心の叫びを、知っててわざと無視している。

ひねくれるって、自分をないがしろにすることじゃない。
もっと自分で想定できないくらい、自身を、大事な人達を、この世界を、心がねじれるくらい認めて、バカ正直に愛することなんじゃないかなって思ったりする。
醜いことも、罵倒されることも、固く信じて罵詈雑言を跳ね返す力。
そういうことをストレートにできてしまうのが、実は異端とか変人とかっていうひねくれ者の強みであるのかも。

こんな不安定な世の中だから、いちいち見るもの聞くもの全て疑う事ばかりで。
けれども、そんな時代に生きていく自分をまずは誰よりも自分が理解してあげなきゃ、先に進めない気がする。
ん?この先って?
それは、あなたが心から描く、決して譲れない大きな夢。
そのすべてが実現される、願ってもみない「あまのじゃく」な未来ってこと。


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コトダマピース 13詩*『13階は月光 』
2007-12-05 Wed 01:02
『13階は月光 』


月の光の照る辻(つじ)に
ピエロ ピエロ ピエロさびしく立ちにけり

ピエロの姿(すがた)白ければ
月の光に濡れにけり

あたりしみじみ見まわせど
コロンビイヌ コロンビイヌ コロンビイヌ コロンビイヌ コロンビイヌの影もなし

あまりに事のかなしさに
ピエロ ピエロ ピエロは涙ながしけり 涙ながしけり

                        【 堀口大學~月光とピエロ~ 】
 

     
 「13」という数字が好きだ。
多分、この日が自分の誕生日だという、ごく単純なものかもしれない。

しかし、この数字は随分と世界中で忌み嫌われる数字である。
ことに俗世、特にキリスト教圏の国では最も不吉とされ、「13恐怖症」といった心理学的な病気すら存在する。
何故、クリスチャンは「13」が駄目なのか?
ここに、思い当たる限りの理由を挙げてみた。


① アダムとイブ
ヘビに誘惑されたイブがアダムに知恵の実を食べさせたのも13日の金曜日

② ノアの箱舟
ノアの箱舟の大洪水も13日の金曜日に起こったとされている

③ アベルがカインに殺害された日、すなわち”人類最初の殺人”の日もまた、13日の金曜日であったと言われているのである

④ バベルの塔
バベルの塔をつくろうとして、神の怒りを買い、言葉が通じなくなってしまったのも13日の金曜日

⑤ イエス・キリストと12人の弟子達が最後の晩餐を囲んだ時の、テーブルについた人数が13人であった

⑥ イエスを裏切ったイスカリオテのユダは「13人目」となるため

⑦ イエスの処刑の日が13日の金曜日であった

⑧ タロットでは死神をあらわす。

⑨ 死刑台の階段は13段あり、「十三階段」と呼ばれている。

⑩ イスラエル神殿をエジプトが破壊されたのも、13日金曜日

⑪ 魔女とフリッガ信仰
キリスト教が広がっていくにつれ、古来の神やその信仰者たちは異端者であり、魔女であるとして森や山の中に追いやった。
しかし魔女として追放された巫女(みこ)たちは、フリッガ信仰の再興を願い、毎週金曜日、つまりフリッガの日に11人が集まり、そこに女神フリッガと悪魔を加えた13人が、キリスト教徒にどのように災いをもたらそうかと相談するようになった。そのため北欧では、金曜日は「魔女の日」と言い伝えられている。

⑪ ノルウェーの神話において、ヴァルハラで12人の神が晩餐をしている最中に「招かれざる13番目の賓客」としていたずら好きのロキが現れるという逸話がある。そこでロキは、ホデル(暗闇を司る盲目の神)をそそのかして、バルドル(美と悦びの神)をヤドリギの矢で撃たせるのだ。
「そしてバルドルは死に、世界は暗闇、そして悲嘆の声に包まれる。」
それが不幸なる13の起源となる。

ここまでは西洋の古いお話。
だが、ここで視点を変えて、以下にあげる中国の例では逆に吉数とされているし、古代マヤ文明では最高神に与えられた数字である。
 特に、マヤ暦は別名「神聖暦ツォルキン」と呼ばれ、実際に「13の月の暦」というものが存在するのだ。
 
⑫ マヤの人々は、この宇宙は13層の天空からできていると考えていた。そのもっとも上の13層の天空にいて宇宙全体を支配しているのが、唯一にして最高の神『フナブ・クー』。その姿は人には見えず、あまりに崇高な神なので、形もないとされてる。
これは「全能の力」を意味している。全能の力と幸運を人に与える最高の守護数。

⑬ 中国の一部地域などにおいて13を吉数とする地域も存在する。広東語では「十三」の発音が「實生(実るという意)」に似ていることが由来となっている。


そして、更に現在においては、欧米のマンションやホテルには13階というフロアが見当たらない。
12階の次は、いきなり14階に飛ぶ。13階をつくってしまうと買い手がつかなくなるからだ。
また、14人集まるはずのパーティーに1人が欠席して13になると、あわてて別の人を招待することがある。また出席者が13人になるようなパーティーの計画はしないという。結婚式場では、「13日の金曜日」には予約が入ることはほとんどない。

以上が、太古から世界の至る所に受け継がれる、由々しき「13」の由来である。

 さて、改めて「13」について。
数学的に言えば、13は不特定な素数である。
つまり、割り切れない、不安定な数字。
12に対し、12に付す数でありながら割り切れない素数である13は、その調和性を乱すものとして「悪い数」だと考えられたといわれている。太陰太陽暦では数年に1度1年が13か月(閏月)になり、13は普段とは異なる状態を表す数として認識されることも少なくない。
実際、この不協和音が人々を不安に駆り立たせる理由の一つなのかもしれない。
でも、この一見バランスが良いような悪いような、解釈によっては善にも悪にも属する、はっきり言ってどっちつかずの不安定さを、私はこの上もなく愛する。
 まるで、人間の心のようじゃないか。
いつまで立っても、きちんと調和の取れない理性と感情のシーソーゲーム。

だけど、それでいい。人間は。
たとえ、この地球上で最も愚かな生物だと同族間で罵り合おうが、けなし合おうが、互いに自由に生きようとする意志は誰にも剥奪できはしない。
だからといって、傍若無人に生きろと勧めているわけじゃあない。
悪い心があったとしても、そこから不意に善に転ずることもあり、またその逆のしかり。
要は、不安定だからこそ、心という暴れ馬を管理する本人の意識次第で、何処にでも行けるし、何にでも変われるということである。
それこそが生きる醍醐味。
全知全能の神すら驚く、未知数で無尽のエナジーなのである。

きっとあなたにも宿る、無限大の飽くなき衝動。
限界まで上り切った階段を超えた向こう側、13階目の月の光のもとで花開く、美しき魂の躍動。

人間は、己の限界を突破した時に初めて、真の存在価値を自身で認めるもの。
「13」とはその力を表す象徴だと、私は信じてやまない。

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コトダマピース 12詩*『友情の極意』
2007-12-01 Sat 01:33
『友情の極意』


◆ 往く者は追わず、来る者は拒まず。
                             【 孟子 】


◆ 友人に不信をいだくことは、友人にあざむかれるよりもっと恥ずべきことだ。
                             【 ラ・ロシュフコー 】

◆ 人々は悲しみを分かち合ってくれる友達さえいれば、悲しみを和らげられる。
                             【 シェークスピア 】

◆ 友人の果たすべき役割は、間違っているときにも味方すること。
正しいときにはだれだって味方になってくれる。

                             【 マーク・トウェーン 】

◆ 友人とは、あなたについてすべてのことを知っていて、それにもかかわらずあなたを好んでいる人のことである。

                        【 エルバード・ハーバード  】

◆ 立派な人間の友情は、温かいからといって花を増やすこともなければ、寒いからといって葉を落とすこともない。どんな時でも衰えず、順境と逆境を経験して、友情はいよいよ堅固なものになっていく。

                             【 諸葛亮孔明  】

◆ 友は喜びを倍にし、悲しみを半分にする
                             【 キケロ 】



 この間、見たDVDはハリー・ポッターの最新版。
幼げな子供からたくましい少年へと成長を遂げるハリーが終始思い悩むのは、最大の敵であるヴォルデモードに一人立ち向かおうとする中で、思春期にありがちな淡い恋愛や、家族以上に自分を知る友情の問題であった。
闇に潜むヴォルデモードと何かしら共通点があることを余儀なくされつつ、自分との決定的な違いは何かと聞かれ、ハリーが最後に悟ったかのように吐いた短い言葉は、
「Someone fightig for(守るべき人がいること)」(だったと思う)。

それで私は?あなたは?
What are you fighting for ?(何のために戦っているの?)


 自分が生きてきた、これまでのほんのわずかな人生を振り返る時、ふと思いを巡らすことがある。
それは、この世で確かな産声を上げ、生を受けてから今までに、一体どれだけの人間と出会ってきたのだろう?という確認しようのない無謀な問い。
そして、そこで他者と交えた生命の紡ぎ糸。
あちこちで行き交う魂の大きなタペストリーの中、私は一瞬でも必要とされたのか?

それよりまずは、誰かに必要とされたい、この不可思議な衝動はどこからやってくるのか?
性懲りも無く、絶えずいぶかしむ私を、この不埒(ふらち)な世界に留まらせるのは、いつの時も訪れる他者との交わり。
 否、「友情」と名づけられた、ある種あいまいな関係性。
それでも、ひとたび触れてしまえば、またとはない強く激しく心を揺らすもの。

恐らく、人一人の運命を揺るがす最強の余震。

私はいつでも、これを強く感じてしまう。
ありふれた日常で、あるいは予期せぬ人生の転機で。

 幸いなことに、このブログは多くの友人達が主体となって目にしてくれるからこそ、確固として成り立つものである。
そもそもブログを立ち上げた意図は、だらしない私を見放さず、いつも支えてくれている友人のためのささやかな罪滅ぼしと言っても過言ではないかもしれない。

これはキレイ事か?もしくは、世迷言?

 いいや、そうとは言い切れない。
何かしら不可解なパワーがおのずと各方面から寄せられ、本来面倒くさがり屋な私を無性に駆り立てている。
たとえどんなに多忙な身にあっても、ついついパソコンの画面に向かわせる原動力になっているのは否めない事実。

一言で言い表せば、すなわち、私はなんだかんだ言って、恵まれた幸せ者なのだと思う。

ここで『幸せ』な状態を論ずるよりも、まずは自らを闇雲に奮い立たせる『友情』について述べておきたい。

自分が今まで出逢ってきた人々は数知れない。
その中で、実に多くの助け舟を得たことは、まだまだ短い人生の中において、思いのほか大切な要素である。

 私がこの世界で生き抜こうとしていること。
それは、いつも人生という予想もつかない旅路(アトラクション)の途中で、親しい友人の顔を思い浮かべては、脆い自分がひどく情けなく感じるから。

全てのわずらわしい物事から、つい逃げ出したい気持ちに駆られ、耐え切れない苦しみを理由に、ぶち当たった障害を避けようと弱気になってリタイアしたいと願っても、安々と許されないような気がして。

大げさな言葉は無くても、ただその人たちを想うだけでグッと心のブレーキがかかる。
そんな人々に、自分は運良く関わりを許されてきた。

私が歩んできた未完成の人生図をおもむろに広げた時、ざらついた図面を埋め尽くす幾多の人型の轍(わだち)。

ねぇ、いくら馬鹿げた行為に身をやつしても、変わらず見守ってくれる?
私が向かう行き先に、途方も無い茨がたくさん張り詰めていても、止めないでいてくれるかな?
難しい理論(ロジック)を取っ払って、その奥から押さえ切れない感情が溢れ、行く手を専攻しても、何も変わらず友達のままいられるものなのかな?

 両の目を見開いて、飽きる程、探しても探しても、結局、探し切れない。
人間が抱く欲望は尽きなくて、自分の気持ちを本能のまま忠実になぞれば、そんな理不尽な想いばかりが溢れて。

まったくの嘘じゃないんだよ。
ただ、脈略の無いことも、時に包み隠さず伝えたいと欲している。

かといって、取り返しがつかないほど、みすぼらしく壊れたわけじゃない。
利口に生きようとすることが、どんなにわずらわしいかを訴えたかっただけ。

 親しく想うあなたにね、全てを委ねたいと思ったの。
時には、馬鹿も承知で、すました羽目も外したい。
そして、そんな私がいることも少なからず知って欲しい。
そう願って、甘えた私はまるで子供のように、次から次へと大人気ない我が儘を繰り返す。

私は多くのものを、あなたに望んでしまっているかもね。
だけど、無防備に期待してしまうんだ。

だって、あなたはすごく輝いているんですもの。
どんな状況に置かれても、沈んで閉じてゆく私を見ていてくれる。
たとえ、どれだけ苦しくても、ほのかな優しさで包んでくれるから。

いつか、その恩返しは必ずするね。
あなたがいてくれたことで、私がこの浮世で揺らぐ心を見失わず、立っていられることを。


永遠に果てることのない、純粋無垢な約束。
叶えたい夢が冷めないように。
祈りながら、突き進む有限の時間(とき)の包囲網。
限られているから、愛したい。
出逢って、触れて、ひしと感じる。
二つとない、あなたの確かな鼓動。
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コトダマピース 11詩*『縁ありき道標(みちしるべ)』
2007-11-24 Sat 16:06
『縁ありき道標(みちしるべ)』

 
◆ 小才は、縁に出合って縁に気づかず。
  中才は、縁に気づいて縁を生かさず。
  大才は、袖すり合った縁をも生かす。

                             【 柳生家の家訓 】

◆ 縁ある人 万里の道を越えて 引き合うもの 
縁なき人 顔をあわせるすべもなく すれ違う

                             【 中島みゆき 】


何気ない日常。
私達はしばしば、そこにあふれているものを見落としたり、あるいは気づかないふりをする。

特に「縁」というものは。
土地に人に言葉に物に、目に見えずとももれなく宿り、接触した我々との相互間で発生する引力のようなもの。
「縁」という名の言葉の中に、この世で生じる事象の全てに、自分との関わりを見出して感謝する。
他国には存在しない言葉。
文化が異なる外国人に説明するには、一言で表現しがたい感覚を持つ、不思議な日本独特の文化である。

この「縁」、じつは神様にもあると知ったのは、東京に来る前、まだ京都にいた頃だ。

その頃、アルバイトしていた店に神棚が奉ってあった。
誰を奉っているのかと、店主に尋ねると
「スサノオの命(ミコト)」だという。
スサノオといえば、京都の八坂神社の祭神である。
京都では通称、牛頭(ごず)天皇とも呼ばれる、非常に強力な神様だ。
「あんたの産土(うぶすな)神は誰や?」
突然、そう訊かれて、「え?産土て何ですか?」と間抜けな返答をしたのを今でもよく覚えている。
「産土いうのはな、あんたの生まれ故郷を守っとる神さんや。小さい頃にお宮参りしたやろ?あれは、一種の神様との契約でな、そこの神さんがあんたの一生を担当してくれる守護神なんやで。」

つまり、産土(うぶすな)とは、神道の全国八百万(やおろず)いる神様が、最初にお宮参りをした際に、この世に生まれた子の、死ぬまでの守護神となるそうである。
しかも、その子供が大人になって、地元を離れても、その行く先々でも、きちんとそばにいて守ってくれるらしい。
 それが、一番わかりやすい形となって現れるのが神社なのだそうだ。
守護神は祭主かもしれないし、その横に別格で祭られている神様も含まれる。
そもそも、別格で奉られている神様達は、その神社の祭主と兄弟や親子関係やらで「縁」のある方々なので、おのずと系統が似てくる。
 要は、神様にもグループ分けが存在するということで。
例えば、全国でよく見かける稲荷社とか八幡社などは、元を正せば、伏見稲荷大社なり、宇佐八幡宮しかり。神様の世界にも大きなネットワークがある、というわけだ。
 だから、たとえ守護神自らが守れなくても(本人の近くに守護神の神社がなかったり、あるいは神事にお忙しかったりという理由で)、その守護神に縁のある神様が代わりを務める場合もあるという。
そういう過程の中、日本人は生まれながらにして、多くの神様に引き合わされる。
とにかく、お宮参りとは実は、そういう神様との縁を契る儀式なのだと初めて知った。

「ほんで、あんた、どこ参った?神社の名前いうてみ。それで大体神さんの系列がわかるもんや」
「はぁ・・・確か、鹿島神社やったと思います」
「ほぉ~、鹿島さんかいな。そりゃ、えらい神さんやけど、その神さんがあんたの守護神とは限らんで。今住んでる、近所の神社回ってみ。あんたのホンマの守護神がわかるやろ。あんたに縁のある神様は必ず近所の神社にいらっしゃる。そういうふうに、人間知らん間に導かれとるもんなんやで。それより、一回実家帰って、祭神確かめた方がええな。」

鹿島神社?神様?・・・何のこってすかい?

 そう訝しげに思いつつ、近所の神社を確認したら、春日神社があった。
そこの祭神はタケミカヅチノミコトとアマノコヤネノミコトだった。
タケミカヅチは、茨城県の鹿島神社から分霊されたと書かれてある。
確かタケミカヅチは、実家の鹿島神社の祭神だった気がする。
それで「近くに春日神社がありました。やっぱり、タケミカヅチなんでしょうか?」
と報告したら、
「う~ん、そう短絡的に考えたらアカンな。確かに橋渡ししてくれてるんやろうけど、ホンマにその神さんが、あんたにずっとついて回ってくれとるんかな?
それにな、産土神っちゅうもんは何も神社に名前がある神様だけやないで。
神社いうもんは、人間が後付けして建てたりするもんやからな。もともとその場所の、たとえば神木に宿っとる名のない神さんが、守護霊になったりしはるんや。どっちにしろ、人間には皆、守護霊さんがおる。ありがたいこっちゃで。まぁ~、この先、だんだんわかってくるやろ。あんたの行くとこ行くとこで気ぃつけてみなはれ」
店主はそれ以上、語ることはなかった。
だからこそ、すごく気になった。
気になって気になって、わざわざ実家の鹿島神社まで調べに帰った。
久方ぶりに訪れた鹿島神社で、早速、祭神を確かめる。
タケミカヅチ、スサノオ、アマテラス大神、応神天皇。
う~む・・・さっぱり、わからん。

そう頭を抱えて嘆きつつも、一度乗りかかった船である。
ここでうやむやにするのも惜しい気がしてならない。
それで手当たり次第、古事記や日本書紀やら読みまくり、神さまの系譜を頭に叩き込んで、はては伝説の域にあるフトマニやホツマ伝まで行き着いた。
しかし、収穫があるような無いような・・・
ゆめゆめ行き過ぎて、すっかり歴史の深みにはまってしまい、どうにもこうにも迷ってしまった。
イカンイカン・・・シンプルに考えねば。いったん最初の場所まで戻ろう。

自分がこれまで足を運んだ神社をおさらいしてみる。
確かに色んな神社は行ってみたけれど。
人生の節目節目で、気になった神社は・・・
鹿島神社→春日神社。
なんかものすごく抜けてる気がするな。
あ、そうだ。
京都に来たとき、一番最初に八坂神社に参ったんだっけ?
確か受験前で、東京の大学に受かりますようにと頼んだら、そのまま京都に引きづられて・・・
スサノオといえば、八坂やら出雲といった土地と根深いという印象が強いが、実は元来、熊野の地で生まれ育った神である。
そういう意味では、紀州の地を故郷に持つ私とも縁が深いとも言える。
しかし。。。

 その後、春日神社のあった場所から、同じ市内の別の区に引っ越した。
この頃から、妙に神社の存在が気になり出して、目に留まる神社は皆調べてみることにしていた。
新しく引っ越した家のすぐ目の前に小さな神社があった。
そこにはスサノオがいた。
また、スサノオ。なんかつい気づけば、何処行ってもこの方がいらっしゃるような。
そもそも、京都は八坂神社が母体になってるから、この方から逃れる術はナシなのか?
いやいや、神様は他に総じて八百万もいるのだよ。
その上、京都には色んな神様を祭る神社が五万とある。
それなのに・・・

京都は私にとって、楽しい思い出以上に、厳しい修行の場だった。
ここから逃げ出したいと思っても、いつもいつもタイミング良く(?)邪魔が入る。
一度、足を踏み入れると、二度と抜け出せない空気が漂っている。
 無論、あくまでも私にとっては、という話だが。
だから、京都と縁を結んだきっかけがスサノオとするならば、その時の私の心境としては、この上もなく迷惑な話に思えてならなかった。
八坂神社なんかで手を合わせて、拝むんじゃなかったな。
ずいぶん罰当たりな発想である。
『自ら望んで京都に来たわけじゃない』
当時、私の心を占めていた感情は、そんな浅ましいものだった。
だからこそ、スサノオは私を許してくれなかったのだろう。
「身に起こる不幸な出来事を、誰かのせいにしても、何の解決にもならない。」
それを辛抱強く教えようとしてくれていたのかもしれない。
だけど、私はわかろうとせず、また誰かのせいにしようとしていた。
『スサノオの呪い』
私は密かにそう名づけた。
恨めしい想いと行き場のない怒りを込めて。

そして、スサノオがいる神社にたびたび赴いては、こう願った。
「早くこの街から、私を解放して下さい!」

そんな性懲りも無い祈りが通じたのだろうか?
スサノオとの関係にも、ついに縁が切れるかのような出来事が起こった。
祇園祭が近くなった、夏のある日のこと。
上記とは別のバイト先で、八坂神社のお祓いを受けることになった。
お祓いといっても、京都の商工会が各店に配っている人形(ひとがた)の紙に、名前と願い事を書くといったものである。
そして、一ヶ月にも渡る祇園祭が終わる頃、八坂神社で人形を焼き、本人の代わりにお祓いをする慣わしなのだそう。
長いこと、京都に住んでいて初めて体験するものだった。

しかも、また八坂神社か。おのれ、スサノオめ。
そんな想いが、人形に自分の名前を書き込んでいるうちに、なんだか急にばかばかしくなって、笑いがこみ上げてきた。
『今まで、ずいぶん貴方を拒んできたけれど、こうして出逢いを重ねるのは縁がある証拠かな?それなら、それでいいや。だけど、私の夢を壊そうとはしないでね。
私はこれまで、たくさんの間違いを犯したのかもしれないけれど、夢を描くことに罪はない。そのことだけは、許して下さい。』
今ここで、人形を身代わりに焼くのは、己の煩悩の一部。
祓いたまえ、清めたまえ。
その時初めて、スサノオによどみない素直な気持ちを言えた気がした。

それからほどなくして、突然東京行きが決まった。


東京に出てくる直前に、改めて八坂神社を訪れた。
感謝の念を伝えるためだった。
暮れゆく夕日を背に受けて、境内におわしますスサノオと、面と向かって挨拶をする。
心は未だかつてなく、晴れ晴れとしていた。
最後におみくじを引く。
「神風の八坂の郷とけふよりは 君が千とせとはかりはじむる
(八坂の神の御かげを受けて、永代(とこしえ)に栄えゆく第一歩を今日より始めるというめでたいおさとしです。)」
よし、これで、京の都のスサノオともおさらば。
とにかく、これまでありがとう。
これからはあなたのお力の及ばぬ場所で、頑張って生きていきます。
そう誓って、京都を後にし、意気揚々と東京へ出てきたのである。

 上京してきた新居がある町で、もはや恒例となりつつある近所の神社探しをする。
さっそく見つけたのは、氷川神社であった。
これは関東最大の力を持つ、ここら一帯ではとても有名な神社だという。
さっそく、参って挨拶をする。
さて、今度はどんな神さまなのかしら?
心躍らせ、確かめるやいなや、予想もはるか唖然とした。
祭主はなんと八坂神社から分霊したスサノオだった。
これはまぎれもなく、『スサノオの呪い』、第2章??
もうここまできたら、笑うしかなかった。
ひょっとして、愛されてるのか?
さもなくば、私が無意識に慕っているのだろうか?

私はスサノオと縁を切ったのではない。
京都と、そこに住むスサノオの手を離したに過ぎなかった。
新たな土地で縁を結んだのは、またしてもスサノオだ。
まったく、どこにでもいるんだね。お互い、古い付き合いになりそうだ。
こうなったら、死ぬまでよろしく頼むよ。
親愛なるスサノオさん。


そして、現在、赤坂にある会社の近くには日枝神社がある。
穏やかな陽だまりが心地よい午後の空き時間に、ふと思い立って訪れてみた。
祭主は大山咋神(おほやまくひのかみ)。
けれど、横にあるサブ祭主を確かめてみたら・・・
やっぱり、いました。スサノオ様。
しかも、出雲からではなく、わざわざ八坂神社から分霊されているのね。
やはり、あなたが、ここへ導いてくれたのですか。
でも、もう嫌な気持ちはしませんよ。
むしろ、すごくたのもしい限りです。
どこに行っても、ちゃんと見守ってくれてるんだね。
今日も感謝の意を込めて、本当にありがとう。

このことは、多分私だけに起こる現象ではないと思う。
きっと、皆、知らない所であなただけの神様に守られているはずだ。
産土から始まって、この際確かめてみてはいかがでしょう?
偶然を超えた不思議な縁に出逢えますよ。


先急ぐ足を、時に立ち休ませ、振り返ってごらんなさい。
その背後には、過去を刻む道のりと、生まれてこの方、いかなる歩みをも共にした
守護なる神の微笑みがある。
忘れなさるな。
何時いつの世も、あなたを支える大きな力が存在することを。


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コトダマピース 10詩*『月光と海月』
2007-11-20 Tue 22:56
『月光と海月』

月光の中を泳ぎて むらがるくらげを捉えんとす
手はからだをはなれてのびゆき
しきりに遠きにさしのべらる
もぐさにまつわり
月光の水にひたりて わが身はは璃のたぐひとなりはてすか
つめたくして透きとほるのも流れてやまざるに
たましひは凍えんとし
ふかみにしづみ
溺れるるごとくなりて祈りあぐ。
かしこにここにむらがり
き青にふるえつつ
くらげは月光のなかを泳ぎつ

                           【 萩原朔太郎 】


生まれて初めて、この世で最も美しい詩だと思った。
多感な思春期真っ只中、偏った知識で物事を判別していた15歳の頃。
わずかな好奇心すら、そそられない国語の教科書に載っていた詩である。
生と死の狭間、危うげな感性をもてあそび、自分のアイデンティティを必死で探っていた陽炎のような季節。
人間はどこから来て、どこへ行くのか?
知恵熱に冒された痛いげな子供はそんなことばかり考えてたように思う。

毎夜、または白昼夢、安堵の時すら忘れ、しぶとくうなされるくらいならいっそ手短かな、ありあわせの答えを欲した私は、当時思い切って、つい大人の世界に生きる担任にSOSを出してみた。
「私は何故、この世に生まれてきたのですか?
 私は何処へ行けばいいのでしょう?」
ノートに書き綴った、密やかな想いのたけは出口を求めて揺らめいた。
「そんなことは今考えるべきではない。もっと他に考えなければいけない事は沢山ある。例えば、お前はどこの高校に進学するつもりなのか?」
まるで、答えになってないよ、先生。
私の未来なんて、所詮、計るべき軸などありません。結局、何も答えられないんでしょう?
想定外の事態に備えて、正しいマニュアルはなかったのですか?
たとえ、この世界の全てが夢で、誰かが吹聴した嘘だとしても、一見まともに思える答えさえあれば良いと思っただけなのに。

大人になるのは、やっぱり嫌だ。
こんなふうに、日々矛盾に異なり、さらさら波打つ心と心を一つにを寄せ合うことさえできないなんて。
そう、自分勝手に空しく確かめただけだった。

海がとても美しい町。私が生まれ育った故郷は。ほかにめぼしいものといえば、千里にまたぐ梅林の香り。
でも、それを深く愛した。

そして、ここにはずっといられないとも感じた。

幽玄な空の青さに目がかすんだ、あの頃は・・・
真っ直ぐ見据えた海の向こう側、水平線がはるか遠くでなびく先に、確かな私の未来があると信じた。
永遠という名の楽園が存在するならば、きっとずっとそこにある。

あの時、必死で目指そうとしたもの、今は手に入れられているのかな?


今夜、浮かんだ三日月は、空気が澄んだ夜空の端々に、鋭い光を容赦なく放っている。
お前はあてどなく、どこまでも漂うのか?

海の闇を、雲の影を、ものともせずに撥ね退けて。

月はいつも、淡き過去への回想をうながす。
せわしい大都会の片隅でふと見上げてみれば、ほのかな灯篭。
人工的な電飾よりも、強く儚く光る浮遊物。

私が生まれる前の世界も、お前は全部知っている。

同じ過ちを繰り返す中で、人間は変われたかい?
だとしたら、教えておくれよ。
真実を知りたがる、愚かな人間の行く先を。

鼻先であざ笑うお前に、小さき者の代表として、私は揺れぬ誓いを立てよう。
ここで、この地球で生き抜こうとしている報いのないあがきは、決してムダではない、と。
自らが心底切望したわけではないけれど、この世で生かされている意味に証を立てるまで、死にもの狂いで走り抜いてやる。
私という一つの人生を。

同じ強固な眼差しで、あちこちにはびこる限界に負けじと挑む友と共に。


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コトダマピース 9詩*『結婚という認識』
2007-11-10 Sat 22:34
『結婚という認識』


◆ 恋は人を盲目にするが、結婚は視力を戻してくれる。
                                    【リヒテンベルグ 】

◆ ねえ、あなた。話をしながらご飯を食べるのは楽しみなものね。
                                    【 永井荷風 】

◆ 夫婦間の会話は、外科手術のように慎重に取りかからなければなりません。
  ある種の夫婦は正直なあまり、健康な愛情にまで手術を施し、
  そのために死んでしまうようなことになるのです。
                                    【 モロア 】

◆ 結婚をしないで、なんて私は馬鹿だったんでしょう。
  これまで見たものの中で最も美しかったものは、
  腕を組んで歩く老夫婦の姿でした。
                                    【 グレタ・ガルボ 】

◆ 男と女というこうも違った、また複雑な人間の間で、互いに良く理解しあい、
  ふさわしく愛するために一生を費やして長すぎるということはない。
                                   【 コント 】

◆ 結婚するやつは馬鹿だ。しないやつは――もっと馬鹿だ。
                                    【 バーナード・ショー】

◆ 結婚したらいろいろ分かってきますよ。いままでは半分謎だったことが。
                                   【 モーツァルト 】

◆ 恋する人のために食事の支度をしている女の姿ほど、胸打つものはない。
                                   【 T・ウルフ 】

◆ 結婚する。
  まだ多少は愛したりもできる。
  そして働く。
  働いて働いて、そのあげく愛することを忘れてしまうのである。
                                  【 エジソン 】

◆ 愛する者と一緒に暮らすには一つの秘訣がいる。すなわち、相手を変えようとしないことだ。
                                        【 シャルドンヌ 】


 愛とか結婚とかについて、ノートパソコンに向かい、悶々と考えて文章を書いていると、まるでSex&Cityのキャリー・ブラッドショーのような気分になる。
憧れの存在ではあるけれど、まだまだ遠く及ばないのは自分でもよく理解している。
それでも今日は、キャリーのように果敢に論じてみたいような気持ちがあることを一寸だけでも許して欲しい。

 つい先日、某大手出版社とのコラボでプレママ&マタニティのコンテンツ企画の話が持ち上がって、無理矢理企画書を書かされる羽目になった。
 このヤロ、また余分な仕事が増えて、残業三昧じゃねーか。
大体、転職一ヶ月目の新人かつ未婚者の私に担当させるなんて、無謀にもほどがある。
だが、そんな風に愚痴ってもまったくしょうがないので、仰せられるがまま、毎日毎日飽きるほどマタニティ系の雑誌やWebを見つつ、莫大な資料を引っさげ、迅速に研究せざるを得ないのが現状だ。

 しかし、必ずしも近からずも遠からず、いつかの明日は我が身の事なので、下調べしながら勉強させられる節は多々あるものだ。
一口にマタニティといっても、世に出回る雑誌によって色合いや世代、読者の年齢層が違うし、テーマや傾向も少しずつ違うことに新鮮さを感じた。
もし今の企画が通れば、確実に担当させられる出版社は、どちらかというと初産の年齢層がちょいと高くて、全体的に少しプチセレブ感のある読者が集う・・・「たまひよ」でも「赤すぐ」でもない。というと、もうわかる人にはわかってしまうだろうが。

 とにかく、何の因果か、やはり今年は事態の急変展開がまったく読めない。
今年もあと二ヶ月、平和にやり過ごそうと思っていた矢先の寝耳に水の出来事であった。

 まったく、結婚て何だろね?

 とは言え、雑誌の写真に写る読者モデルはずいぶん幸せそうである。
一生懸命、子育てダイヤリーをつけたり、食事や健康に気をつけたり、きれいなママでいるためにおしゃれしたり、ブログで我が子を自慢してみたり。
自分の母親の世代にはありえない光景に、自然と感心や尊敬やらを覚える。
そして、一抹の希望と勇気を与えられもする。
努力家で勉強熱心な世代の母親たち。
この御時世で、家庭に収まらず、しっかり社会に出て働きながら本当に頑張っていると思う。
平均して一人あたり、モロモロに抱えるものは昔に比べて、ひどく多くなったにも関わらず、だ。
到底、真似できないな~と思いながら、そうして生きていくことを余儀なくさせられる、複雑な世の動向。
とある、評論家がおっしゃていた。
「現代に生きる女性は、もはや崩れ去った我が国の父権主義の肩代わりをしている、実にたくましい存在である」と。
今や、この国を支えているのはまぎれもなく、女性の底知れぬパワーだ。
と言い切ってしまうと、一介のフェミニストみたいに思われるかもしれないが、ここでの表現は一切そういう区切りを超越した、一人の人間としての感嘆である。
事実、女性は元気だ。いや、空元気なのかもしれない。
 それでも、ひたすら前向きに生き抜こうとする姿勢はもはや痛々しさを通り越して、実に美しい。
何かにつけて、「凛」という言葉が流行るのも無理はない。
全てにおいて、柔軟に生きる女性の強さに救われている部分はすごく多いと思うのだよ。
手放したくない家族のために、あるいは子供のために、もしくは自分のために生きているの?

 ママとして生きる自分に確固たる存在証明を、揺るぎないアイデンティティーを必死で模索する。
背負ったもの全部に責任は持てなくても、なるべく取りこぼさず、ありったけのエナジーを燃やして。

 「ママになっても、ずっと等身大の”私”でいたい、あなたへ」
不意に思いついた言葉。
そのままキャッチコピーとして、即採用されてしまった。

 ああ、なんだか、自分で自分の首を絞めている予感。
予期せぬ仕事が増える、増える、増え・・・

 でも、これも世のため、人のため。
私だって、人様に生かされてるんですもの。

 そして、また一つ、大きな目標ができた。
こんなにも頑張っている人たちが大勢いる。
自分はきっと、その人達のために何か実になるものを貢献していかなければならないのだろう。

 明確な決意と、半ば一人よがりな使命感。

だけど、そうやって誰かたった一人の要求のためにでも、懸命に応えて生きていければ幸せだな。
何もしないで後悔するより、手を取り合いたい誰かの心の扉をノックする。
戸惑いながらも、玄関の鍵を開けたあなたが笑顔で喜んでくれれば、それで。

 決して拒まないで。
たとえ、この矛盾に満ちた世界があなたを奈落の闇へと突き落とそうとしても。
私が、そのか細い手を握って離さない。
儚いけれど、縁あって生れ落ちた生命を太陽の光のもとに、力強くかざすまで。

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コトダマピース 8詩*『人間の運命よ』
2007-11-04 Sun 07:01
『人間の運命よ』

◆人間の運命よ。
  お前はなんと風に似ていることか。

                        【 ゲーテ 】

◆運命がカードを混ぜ、われわれが勝負する。

                        【 ショーペンハウエル 】

◆運命のなかに偶然はない。
  人間はある運命に出会う以前に、自分がそれを作っているのだ。

                        【 ウィルソン 】

◆運命をあざ笑うものが幸運を手に入れるだろう。

                        【 ベンジャミン・ディストレイ 】

◆運命は花崗岩より堅固だが、人間の良心は運命より堅固である。

                        【 ユーゴー 】


◆人は、運命を避けようとしてとった道で、しばしば運命にであう。

                        【 ラ・フォンテーヌ  】

◆人生とは、運命がなみなみと注がれている盃である。

                        【 ブラックロック 】


前回のブログを書き終えて、内容を見直している時、不意にモヤモヤと頭にもたげたことがあった。
えらそうに、人間に科せられた運命を語ってみたものの・・・
そもそも誰が名ずけたか「運命」というものは一体なんぞや?
ここにきて純粋にぶち当たって、そして真剣に考えた。

加えて、今日古い友人のブログを閲覧して、ますます思索を練る羽目に陥った。

恐らく、前回の私のブログに対する答えなのだろう。
自らの結婚について、静かに語っていた。
最初は決して終わることのない永遠の楽園に二人寄り添い生きていく誓いを立て、この世で固く縁を結び、喜びを分かち合った。しかし今や日を増すごとに色褪せゆく幸福のほころびを互いに認め、とうに朽ちた夢の淵からも完全に目覚めてしまった。
そして、今はただ夫婦となった二人の愛が産み落とした、何物にも変えがたい奇跡の結晶でもある子供のためを想い、なんとなく習慣としての生活を共にする。
もはや、二人の間に恋愛という文字は存在しないのだ、と。

なにやら、どこかで繰り返し聞いてきたようなお話。
現代社会の闇をあぶりだしたら、どこの家庭にも浮かび上がってきた深刻な地獄絵図。
今世紀最大の課題でもある”魂の癒し”が世間で流行する原因の一つでもある。

この男女間のどうしようもなく埋められない溝を、まだ世間を知らない頃の幼い私に必死で解からせようと試みた最初の人間は、母親だった。
物心ついた時から、母はよく泣いていた。
理由は複雑すぎて、長くなるのでここではあえて話はしない。
だが、私が受けた不快な苦悩は18歳で実家を飛び出すまで、毎日の日課だった。
「お母さんはね、あんた達のために我慢して生きているんだから。
 あんた達がいなけりゃ、こんな家、とっくに出ていってるわよ」
じゃあ、出て行けば?
当時は何度口に出そうかと思い悩んだものである。
勿論、母親の幸せを願う気持ちからだったが、子供の自分が意見を言える立場ではないとあきらめてしまっていた。
しかし、現在も相変わらず同じことを愚痴っている母親に対して、今は躊躇なくすんなりと言える。
自分が大人になって、人間として対等に物事を見れるようになったからだ。
すると、母親は決まってこう答える。
「そんなこといわれても、今お母さんが出ていったら、お父さん、生きていけないもの。
そりゃ、もうあの人との間にはドラマのような恋愛はないけれど、だからといって、あんたが言うようにそんな簡単に別れられないもんよ。まったく、あんたは昔からクールというか、何を考えてるのかわからんというか、冷たい子だね~。本当に私の生んだ子かしら?」
それは、あなたがいつも自分の話に夢中で、私の話を聞かないからでしょうに。
ずいぶんな言い草である。とばっちりは決まって、最後に私に回ってくる。
いつものことなので、いい加減、ムダな反論は止めて無視をする。
そしたら、また始まる。
「お母さんはね・・・」
怒涛の愚痴大会エンドレス。そのエネルギー、他で使ったほうがいいよ、お母様。
あなたの人生、きっと変わってたわ。

なんていうかさ、(毎度のごとく、言い聞かせてるけど)
期待しすぎてるんじゃないの。
期待するってことはさ、相手を自分の理想の枠にはめるってことで、
枠にはめたらさ、そこから相手が逃げ出さないようにずっと見張ってなきゃなんないし、
そうなると、相手も身動きできなくて、結局、二人とも不自由になる。
人間はさ、どうしようもなく死ぬまで自由に生きようとする動物でしょ?
誰だって、その本能にあらがえないんだから。

それに実はもうずっと前から、母が欲しがっていた答えはちゃんと自分で出してしまってるじゃないの。
“父とは趣味も考え方も全然合わなくて、一緒にいてもつまらない。別れたいけど、心配で離れられない・・・”
あのさ、どう考えても、それって、愛じゃね?

生涯、片時も離れず、喜びと苦難を共に味わって、なんとか今日まで生きてきて。
つまるところ、運命の人って・・・
派手な出会い方をしようが、劇的で波乱万丈な一生を送ろうが、地味に平凡な結婚をしようが、死ぬときに初めて判るんじゃなくて?
そして、運命の相手とは、どんな状況下に置かれても、いつだって互いに変化していける関係を持てるということではないだろうか?
臨機応変な関係性。
一緒にいる時間の中で呼吸を合わせられるから、そばにいる。
その関係を長い間繰り返すうちに、気がつけば人生の大半、同じ景色を眺めていた。
それが運命の愛というものの正体の一面か?

しかし、ゲーテさん。運命とは風だなんて、やっぱり詩人はいうことが違うね。
幾世代に渡って、世界中の大勢の人間が共感したように、私もあなたの意見に賛同します。

運命が風なら、私達は風見鶏。
右を向けば追い風が、左を向けば向かい風に遭いながら。
突風が吹いた後に、やってくるのは優しいそよ風。
上手く風に乗ろうとして、手足をバタバタ四苦八苦。
苦しみはやがて喜びに変わるから、決してあきらめず、けなげに前を向いて。
今日も明日もあさっても。
運命という名の風を泳ぐ。

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コトダマピース 7詩*『愛する言葉』
2007-11-02 Fri 00:29
『愛する言葉』

愛をうまく告白しようとか、
自分の気持ちを言葉で訴えようなんて、
構える必要はない。
きみの体全体が愛の告白なのだ。

好きな女性が、
ほかの男と結婚しようが、
こちらがほかの女性を結婚しようが、
それはそれだ、
ほんとうの出会いは、約束事じゃない。
恋愛というものさえ超えたものなんだ。

人間というのは、
生まれつきのかたちで、
生きているのがいちばん美しいんだ

ぼくの場合、
愛はすべて闘いだった。

たとえ別れていても、
相手が死んでしまっても、
この人こそ自分の探し求めていた人だ、
と強く感じ取っている相手がいれば、
それが運命の出会いだ。


                              【 岡本 太郎 】

時々、ネットで自分の名前を検索することがある。
この広い世界で、自分と同姓同名の人物が果たしてどれくらい存在するのか、確かめてみたいという好奇心が湧いたからだ。
私という個人の本名は、世間では少しも有名どころではないが、ひょっとしたら、自分の認知していないところで、個人情報が乱用されている危険性だって無きにしもあらずで、そういう事もきちんと把握しておかなければいけないとも考える。
そうはいいつつ、私の苗字はかなり珍しい部類に入るもの。
これまでどこに行っても、自分と同じ苗字の人に出会ったことはないし、小説やドラマにおいても、まずめったにお目にかかれない。
そういうわけで、実際に同姓同名なんてヒットするわけがないだろうと、たかをくくっていたら、意外や意外、たった一人だけ見事に大当たりしてしまった。
もちろん、まったくのあかの他人である。

私と同じ名前を持つその人は比較言語学において、ちょっとした著名人らしかった。
その人には失礼だが、まるで未だ見たことのない自分の分身が勝手に動き回っている、ドッペルゲンガー現象のような感覚についつい襲われた。
更に面白いと思ったのは、私の名前を姓名判断で占うと、必ずといっていいほど、言語や外国にとても深い縁があると出る。事実、私とまったく同じ画数を持つその人も、海外に長く留学し、現在英語と日本語を比較研究している。私自身も大学で英語やドイツ語を専攻し、海外の友達も少なくはないという点で、ある意味、外国や言語という分野にまったく無縁だとは言い切れない。
この奇妙な共通点、ただの偶然か?
それとも、たかが名前、されど名前で、やはり長い歴史の中で膨大に蓄積された統計学に確かな傾向があるのだろうか?

そんな疑問はさておき、この際、調子に乗って、思いつく限り友人やら知り合いやらの名前も面白半分に検索エンジンにかけてみる。

しかし残念なことに、どれもこれも期待を裏切って、総スカンを食らってしまった。
けれど、私はそれをひどく羨ましく思う。
何故なら、出所のわからない情報網に汚染されていないから。
そして、ネットには上がらないだけでどこかに存在するかもしれないが、検索されない以上、自分の名前を唯一無二、しっかり独占できているという事実。
他にはない個性を満喫できているではないか。


そんな嫉妬心を覚えつつ、この際ついでに過去の恋愛で好きだった人やお付き合いをしていた方々の名前も試してみた。

うーん、こっちは嫌なことに、実際の本人に三人もヒットしてしまった・・・

一人は劇団の舞台役者で劇の宣伝と告知、もう一人は建築家で作品発表、そしてもう一人は・・・
若くして、3年前にWEB制作系の会社を立ち上げ、なんと代表取締役になっていた。

最後の一人、この人が一番衝撃的を受けた。
しばらく、開いた口がふさがらない。
「え?何で??」
多分、生涯で一番、私に計り知れない影響を与えまくった最大級の恋のお相手。
そして、決して実らなかった、行き場のない愛。
何故なんだろう。今でも夢に見るくらい、忘れられなかった人なのだ。

仮にKと呼ぶ。
この人は前述の2番目の建築家の幼馴染みで、当初付き合ってる頃に友達として紹介された。
そして、俗にいう、脳天に電撃が走るほどの一目惚れをした。
それだけではない。話せば音楽や映画や本の趣味において、実にマニアックな趣向を持つ私とまったく感性が同じで、初対面にして驚くほど、申し合わせたくらい話題が合った
その瞬間に、生まれて初めて一人勝手な運命を感じた。

そして、もともと浮気性な建築家を早々に捨てて、愛の告白をした。
結果は無残、こっぴどくフラれた。
理由は私が「好みのタイプじゃない」から。
とは言いつつ、そんな事では簡単に引き下がらなかった私にこうも言った。
「大体、お前は建築家と付き合ってたし、あいつはなんだかんだいって腐れ縁だけど、友達でいることには変わりない。もし、お前と付き合うなら、あいつを捨てる覚悟が必要だ。でも、今はそんなつもりはない。もしも、こういう形で出会ってなかったら、きっと付き合ってただろうな。それにまだ、お前という人間がわからない」
言ってくれるじゃないか。
好みのタイプではないといいつつ、蛇の生殺しのような、憎らしい隙を与えやがって。

フラれた後もしばらく交流は続いた。
まるでこっちの気を引くように、当時私が働いていたアルバイト先に直々遊びに来たり、突然電話をかけてきて、クラブのイベントに誘われたり。
恐らく、こっちの様子をうかがっていたのだろう。
そういう関係が何年か続いて、ある日、二人の間に一つの転機が訪れた。
私と別れた後、建築家が結婚することになって、二人が招待されたのである。
とあるレストランバーを貸し切って、パーティが行われた。
私は別の友達と二人で行って、パーティーの最後まで残っていた。
その時、いつもならたいてい用事が済めばさっさと帰るKも珍しく最後までいて、私にこう尋ねた。
「この後、どうするの?」
私は友達の事があったから、「うーん、わかんないけど、もう少しいるかも?」と答えたら、何故か寂しそうな顔をして、「そっか・・・」とつぶやき、じっと私を見つめる。そして急に優しく手をつないできて「もう帰ろうと思うんだけど」と、普段のKらしからぬ意味深な言動。
私は正直、すごく戸惑って、何も答えられかった。
私達はしばし、何も言わずに見つめ合うだけだった。
でも、そこに私は一つの答えを見た。
ひょっとして、私達、今日の結婚式でお互い妙なしがらみから解放されたんじゃないの?
変にこだわり過ぎてた建築家の呪縛から。
確かにそう感じたのに、どういうわけか私は次にこう発言してしまった。
「それじゃ、またね」
その瞬間、二人の間の空気が固まった。
でもまた動き出した時、Kは複雑な顔をして「うん。また」と握っていた私の手を離した。
それから、何度も私の方を振り返りながら、出口に向かった。
私は何故か追いかける気持ちになれなかった。
名残惜しむようにKが扉を開けて出て行った時、私は寂しさと同時に安堵にも似た感覚で思った。
ああ、今この瞬間二人のタイミングがずれた、と。

どうして彼の後についていかなかったのか?
彼が消えていった扉が閉じられた時、ちょっとした安堵を覚えたのか?

それは、あの瞬間に、人生の大きな選択を見たからだ。
Kが手招きしたあの扉の向こうに流れる運命を受け止める自信がなかった。
心の準備というか、待ち受ける希望と失望の両方に自然と腰が引けた臆病な自分がいることを、自らはっきり認めてしまった。
どんなに深い愛をもってしても、超えられない運河がある、と。

だが、そんな不安を少しでも感じてしまうなら、本物の運命ではない。
ただそこに一寸の幻想を抱いていたにすぎない。

甘い熱を通り過ぎて、とっさにそう判断した冷静な自分がいた。
最後の最後で、後先を顧みようとしない本能を押し殺す、いつもの悪い癖が出た。
自分を呪いたくなるくらい、客観視しようとする冷たい慧眼のなせる業。
悲しいほどの自己防衛。


それからも何度かKから連絡はあったが、なんとなく気持ちが乗らなくて、あいまいな返事を繰り返し、結局再び会う事もなく、その後すぐ東京に出てくると同時に私はKの携帯番号を消去した。
それ以来、Kは私の想い出の中だけで生きる人になった。

そして今、自らネットでKのその後の消息を知り、えらく動揺しつつも、これでよかったんだと心から思った。
もしも、あのパーティーで私がKを追いかけていたら、事態は180度激変していただろう。
私の生活も未来もまったく違うものになっていたはずだ。
でも今は私のそばには大切な人がいる。
その人のあどけない寝顔を見ていると、本当に幸せな気分になれる。
Kが会社を設立した時にも、今と変わらない笑顔をくれた人が。
この上もなく、私のわがままをいっぱい受け止めてくれた、愛すべきパートナー。
Kと私はもう互いに違う道を、戻れないくらいずいぶんと遠くまで歩いてきてしまった。
ほんのちょっとしたことで大きくすれ違った未来。
本当は今頃、Kの隣で笑っていたかもしれない、もう一人の私。
この命を捧げても何一つ惜しくはないと、本気で思った一途な想い。
あの時は死ぬほど叶えたかった、一生を共にすることを。

だけど。
なるべくして、道を分けた運命の向こう側。
私はなんの迷いも後悔もなく、満足して歩いているよ。
あなたと出逢えて、本当に良かった。
ありがとう、心から。
言葉で言い尽くせぬほど、素敵な夢を見た。
そして、あなたの幸せを誰よりも願っています。
決別の日の穏やかな朝焼けに誓った祈りと共に。


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コトダマピース 6詩*『あなたは弱くない』
2007-10-29 Mon 23:36
『あなたは弱くない』

生きていれば、悩み落ち込む時は必ず訪れます。
だけどそれはあなたが弱いからではありません。
問題に対処するノウハウを知らない、
ただ世間知らずなだけ。
人生経験が乏しくて、比べるものを何も持っていないから悩むのです。
地球上のさまざまな知識を得る努力をすること。
360度の中の1度の幅の中で考えても
答えなんて出ないのですから。

やりたい仕事につけたから、あとは平和で幸せな日々が続くなんて大間違い。
それはどんな仕事でも一緒です。
何かを一つ得て喜んだら、それに匹敵する苦しみや悲しみがあります。
そこから逃げ出したらどうなるか。
ずっと横ばいで成長しない人間になってしまいます。
人間の足は、カニの足とは違います。
横ばいではなく、前に進むためにあるのです。

                     【 美輪明宏~愛の話 幸福の話~ 】


 今更この方については、なんの説明もいらないだろう。なんといっても、美輪さんである。
この度、初めて今なお生存する方を選ばせていただいた。
しかし、美輪さん自身は輪廻転生を繰り返し、この世に2000年も生きていると豪語している限り、もはや並の人間ではない。
もし本当ならば、キリストやブッダと匹敵するほどの歴史を背負っている、と判断してもおかしくないくらいだ。

正直なところ、美輪氏に関しては、以前はさほど興味はなかった。
だが、そんな私に美輪氏を薦めてくれたのは、ある人物のおかげである。

私はその恩人を「キザ男」と呼んでいた。厳密に言えば、私ではなくて「私達」なのだが。
今は懐かしき学生時代、誰が呼び始めたか、出会った頃にはもうすでにこのニックネームがついていた。
理由は、頭が良くて男前で結構モテる方なのに、いつも小難しい本を読んでいて、理論武装上等の、ムカつくくらいひねくれた皮肉屋だったからだ。私達がワイワイ騒いでいる傍らで、その様子を微笑みながら、静かにドイツ語の教科書を開いているその様は、まるで昭和か大正時代の文学青年風だった。実際、古臭い純文学にかぶれたインテリで、事あるごとに「君達は本当に馬鹿だね」と口癖のように吐くくせに、何故かいつもグループの中にいて行動を共にしていた。本当はただの寂しがり屋なんじゃねーか、と知りつつ、そんなキザ男が可愛かった。
その上、普段はクールな理性の下に隠してあえて見せないようにしているが、実際はすごく仲間想いで、熱いハートの持ち主だったことも憎めない原因の一つでもある。
おまけに、恋愛も人妻だったり、ストーカー女だったり、毎度毎度ややこしい状態に陥っていて、(それでも彼はいつも理屈をこねて飄々としているのだけれど)それがまた日々の面白いネタの餌食になるのである。
そんな彼と、ある日二人で学食を食べていた時だったと思う。いつも皆で集合する場所にはまだ誰も来てなくて、待つ間、色んな話をした。私達は普段からお互い対極の位置にいるね、と認め合っていた。
つまり、キザ男は「まず全てが理性ありきで、感情をも理性でコントロールできる人間」であり、私はというと「放っておくと感情をコントロールできないため、それを抑えるために、理性で防波堤を作っている人間」なのである。
本来、キザ男は理性型、私は感情型というわけだ。言い当てて妙、という感じだと二人して笑った。
そして、その時、私の恋愛話になって、いつものようにキザ男は親身になって聞いてくれていた。ああだこうだと貴重なアドバイスをくれる。だが、助言は少し空振りしている感があって、最後には二人でう~んとうなってしまった。それでも、私はただ聞いてくれているだけで満足していたのだけれど、キザ男はなにやら思うところがあったらしい。
次の日、私に本を貸してくれた。しかも、ここの部分を読めとばかりに、相当するページにはご丁寧にフセンを貼ってくれてある。
キザ男に代わって、愛の助言をバトンタッチしたのは美輪氏だった。
私は思わず笑ってしまった。キザなキザ男でも美輪さんの本を読むんだな~と。
ずいぶんとロマンチックなところがあるじゃないか。

しかし、試しに読んでみると、さすがに薦められただけのことはあった。
なんだかすごく表現しがたい深みがある。
男性でも女性でもない人間の、極めてボーダレスな含蓄ある言葉。
観音様には「性」がないというけれど、まさにそういう視点からこの世を見つめていらっしゃるのか?


あれから何年も立って、書店で美輪氏の著書を見るたび、キザ男を思い出す。
今は学校の教師になって、ついこの間結婚した。しかも相手はPTAがらみの元人妻・・・
相変わらず、全然シャレになっていない。


ここに紹介した言葉は、以前キザ男に借りた本ではないが、この本の中でもう一つ興味深い教えを目にした。

それは及川光博との対談の中にあった。
役者としてどう自分を表現していけばいいのかと、ミッチーが美輪氏に尋ねたところ、
「あなたには両親がいるでしょう?両親それぞれにも両親がいる。これで、あなたの先祖は6人ね。そうやって3代、4代とずっと先祖をさかのぼって書き出してごらんなさい。画用紙の上に、何百、何千ってびっくりするくらいの人間が現れるのよ。及川光博という一人の人間の体には、これらの人たちから受け継いだ素質や才能や想いがぎっしり詰まっているの。さまざまな種類の人間の可能性をひとりで持っているってことなの。
だから、役者という仕事なら、何千兆の細胞の中から、あなたが演じたい人物を構成するために、ほんの何人かをチョイスすればいいの。
ありもしない人物を演じるんじゃなくて、みんな自分の中にいるのよ。その中の何人か分を呼び出すだけ。
つまり、自分を否定してしまいそうな時、好きになれない時、体内にはほかにもっと素敵な人間がいるって考えればいいの。そして、その可能性を引き出すのよ。」

なんというスケールのでかい話だ。
ミッチーもびっくりしていたが、私も驚いた。

これって、なんだか前回の靖国神社の話につながってないか?
親を想うことで、先祖につながっていく。そして、私の生命は子孫へと受け継がれていき・・・
役者というジャンルに限らず、美輪氏が唱えるこの構造はきっと私達にも当てはまるはずだ。
私達の中にも沢山の人物や想いがつまっていて、四次元ポケットのように望めばいつでも出し入れできる。
しかし、ただ闇雲に取り出そうとするだけではダメなんだと思う。
大切なのは、自分の中にいる複数の想いと心や魂を通じ合わせなければならないということ。
本気で必要としているのかどうか、変わろうとする強い意志があるのかどうか。
自分に少しでも嘘をついていたら、ただちに消えてしまう。
それほど繊細で、純粋な正直さを求められる代物。
TVのチャンネルを合わすように、簡単に見たい画面は出てこない。
なまじっか会いたいと願っても、自分の中にいる人が答えようとしない限り、会いにきてくれない場合だってある。
それは靖国神社で知った。
いや、もっと色んな場面においても、日々学ばされることが多い。
そう謙虚に思えるようになったから、見え始めたんだろうか?
目でとらえるだけがこの世界の常識ではない、肌で感じる絆というものを。


「だから、あなたはそこに呼ばれたんです。」

まるで、勝ち誇ったかのように美輪さんの声が頭の中で響いてくる。
生き仏ですか、あなたは。


自分の中で何気なくつかんだものも、実はどこかの入り口や出口につながっていて、私達はその間を知らず知らずループしている。
広すぎて眩暈がするほど、測りしれないこの宇宙の中を。

私やあなたの想いもきっと、銀河のどこかで出逢い別れて、またばったり出くわして。
そうして共に旅を続けるのでしょう。
1万光年の夢を無限のポケットに敷きつめて。







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