過去から今日、今日から未来へ先人が残した言葉を贈ろう。 異なる文化と歴史の中で人類を繋ぎ続けた言霊のリース。 幾多の時代を超えて、ひとつずつ解き放つ。
 
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コトダマピース 6詩*『あなたは弱くない』
2007-10-29 Mon 23:36
『あなたは弱くない』

生きていれば、悩み落ち込む時は必ず訪れます。
だけどそれはあなたが弱いからではありません。
問題に対処するノウハウを知らない、
ただ世間知らずなだけ。
人生経験が乏しくて、比べるものを何も持っていないから悩むのです。
地球上のさまざまな知識を得る努力をすること。
360度の中の1度の幅の中で考えても
答えなんて出ないのですから。

やりたい仕事につけたから、あとは平和で幸せな日々が続くなんて大間違い。
それはどんな仕事でも一緒です。
何かを一つ得て喜んだら、それに匹敵する苦しみや悲しみがあります。
そこから逃げ出したらどうなるか。
ずっと横ばいで成長しない人間になってしまいます。
人間の足は、カニの足とは違います。
横ばいではなく、前に進むためにあるのです。

                     【 美輪明宏~愛の話 幸福の話~ 】


 今更この方については、なんの説明もいらないだろう。なんといっても、美輪さんである。
この度、初めて今なお生存する方を選ばせていただいた。
しかし、美輪さん自身は輪廻転生を繰り返し、この世に2000年も生きていると豪語している限り、もはや並の人間ではない。
もし本当ならば、キリストやブッダと匹敵するほどの歴史を背負っている、と判断してもおかしくないくらいだ。

正直なところ、美輪氏に関しては、以前はさほど興味はなかった。
だが、そんな私に美輪氏を薦めてくれたのは、ある人物のおかげである。

私はその恩人を「キザ男」と呼んでいた。厳密に言えば、私ではなくて「私達」なのだが。
今は懐かしき学生時代、誰が呼び始めたか、出会った頃にはもうすでにこのニックネームがついていた。
理由は、頭が良くて男前で結構モテる方なのに、いつも小難しい本を読んでいて、理論武装上等の、ムカつくくらいひねくれた皮肉屋だったからだ。私達がワイワイ騒いでいる傍らで、その様子を微笑みながら、静かにドイツ語の教科書を開いているその様は、まるで昭和か大正時代の文学青年風だった。実際、古臭い純文学にかぶれたインテリで、事あるごとに「君達は本当に馬鹿だね」と口癖のように吐くくせに、何故かいつもグループの中にいて行動を共にしていた。本当はただの寂しがり屋なんじゃねーか、と知りつつ、そんなキザ男が可愛かった。
その上、普段はクールな理性の下に隠してあえて見せないようにしているが、実際はすごく仲間想いで、熱いハートの持ち主だったことも憎めない原因の一つでもある。
おまけに、恋愛も人妻だったり、ストーカー女だったり、毎度毎度ややこしい状態に陥っていて、(それでも彼はいつも理屈をこねて飄々としているのだけれど)それがまた日々の面白いネタの餌食になるのである。
そんな彼と、ある日二人で学食を食べていた時だったと思う。いつも皆で集合する場所にはまだ誰も来てなくて、待つ間、色んな話をした。私達は普段からお互い対極の位置にいるね、と認め合っていた。
つまり、キザ男は「まず全てが理性ありきで、感情をも理性でコントロールできる人間」であり、私はというと「放っておくと感情をコントロールできないため、それを抑えるために、理性で防波堤を作っている人間」なのである。
本来、キザ男は理性型、私は感情型というわけだ。言い当てて妙、という感じだと二人して笑った。
そして、その時、私の恋愛話になって、いつものようにキザ男は親身になって聞いてくれていた。ああだこうだと貴重なアドバイスをくれる。だが、助言は少し空振りしている感があって、最後には二人でう~んとうなってしまった。それでも、私はただ聞いてくれているだけで満足していたのだけれど、キザ男はなにやら思うところがあったらしい。
次の日、私に本を貸してくれた。しかも、ここの部分を読めとばかりに、相当するページにはご丁寧にフセンを貼ってくれてある。
キザ男に代わって、愛の助言をバトンタッチしたのは美輪氏だった。
私は思わず笑ってしまった。キザなキザ男でも美輪さんの本を読むんだな~と。
ずいぶんとロマンチックなところがあるじゃないか。

しかし、試しに読んでみると、さすがに薦められただけのことはあった。
なんだかすごく表現しがたい深みがある。
男性でも女性でもない人間の、極めてボーダレスな含蓄ある言葉。
観音様には「性」がないというけれど、まさにそういう視点からこの世を見つめていらっしゃるのか?


あれから何年も立って、書店で美輪氏の著書を見るたび、キザ男を思い出す。
今は学校の教師になって、ついこの間結婚した。しかも相手はPTAがらみの元人妻・・・
相変わらず、全然シャレになっていない。


ここに紹介した言葉は、以前キザ男に借りた本ではないが、この本の中でもう一つ興味深い教えを目にした。

それは及川光博との対談の中にあった。
役者としてどう自分を表現していけばいいのかと、ミッチーが美輪氏に尋ねたところ、
「あなたには両親がいるでしょう?両親それぞれにも両親がいる。これで、あなたの先祖は6人ね。そうやって3代、4代とずっと先祖をさかのぼって書き出してごらんなさい。画用紙の上に、何百、何千ってびっくりするくらいの人間が現れるのよ。及川光博という一人の人間の体には、これらの人たちから受け継いだ素質や才能や想いがぎっしり詰まっているの。さまざまな種類の人間の可能性をひとりで持っているってことなの。
だから、役者という仕事なら、何千兆の細胞の中から、あなたが演じたい人物を構成するために、ほんの何人かをチョイスすればいいの。
ありもしない人物を演じるんじゃなくて、みんな自分の中にいるのよ。その中の何人か分を呼び出すだけ。
つまり、自分を否定してしまいそうな時、好きになれない時、体内にはほかにもっと素敵な人間がいるって考えればいいの。そして、その可能性を引き出すのよ。」

なんというスケールのでかい話だ。
ミッチーもびっくりしていたが、私も驚いた。

これって、なんだか前回の靖国神社の話につながってないか?
親を想うことで、先祖につながっていく。そして、私の生命は子孫へと受け継がれていき・・・
役者というジャンルに限らず、美輪氏が唱えるこの構造はきっと私達にも当てはまるはずだ。
私達の中にも沢山の人物や想いがつまっていて、四次元ポケットのように望めばいつでも出し入れできる。
しかし、ただ闇雲に取り出そうとするだけではダメなんだと思う。
大切なのは、自分の中にいる複数の想いと心や魂を通じ合わせなければならないということ。
本気で必要としているのかどうか、変わろうとする強い意志があるのかどうか。
自分に少しでも嘘をついていたら、ただちに消えてしまう。
それほど繊細で、純粋な正直さを求められる代物。
TVのチャンネルを合わすように、簡単に見たい画面は出てこない。
なまじっか会いたいと願っても、自分の中にいる人が答えようとしない限り、会いにきてくれない場合だってある。
それは靖国神社で知った。
いや、もっと色んな場面においても、日々学ばされることが多い。
そう謙虚に思えるようになったから、見え始めたんだろうか?
目でとらえるだけがこの世界の常識ではない、肌で感じる絆というものを。


「だから、あなたはそこに呼ばれたんです。」

まるで、勝ち誇ったかのように美輪さんの声が頭の中で響いてくる。
生き仏ですか、あなたは。


自分の中で何気なくつかんだものも、実はどこかの入り口や出口につながっていて、私達はその間を知らず知らずループしている。
広すぎて眩暈がするほど、測りしれないこの宇宙の中を。

私やあなたの想いもきっと、銀河のどこかで出逢い別れて、またばったり出くわして。
そうして共に旅を続けるのでしょう。
1万光年の夢を無限のポケットに敷きつめて。







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コトダマピース 5詩*『時という翼にのって』
2007-10-28 Sun 05:07
『時という翼にのって』

◆ 時という翼に乗って悲しみは飛び去って行き、
  月日が快楽をつれ戻す
                             ≪ ラ・フォンテーヌ ≫

◆ 時間がやわらげてくれぬような悲しみは一つもない

                              ≪ キケロ ≫ 

◆ 悲しみと喜びはかわるがわるにやってくる

                               ≪ 作者不詳 ≫

◆ 時が立ち、あれこれ考えているうちに激しい悲しみも薄れてくる

                               ≪ 作者不詳 ≫


今日は『悲しみ』について考えてみた。

上記のように、たいてい『悲しみ』は時間を経るごとに薄れ、和らいでいく、と表現される。
確かに、これは脳科学の分野においても正しいようだ。
『悲しみ』も脳にとっては、一種の情報の類に過ぎない。
そして情報は休む暇もなく、次から次へと入れ替わる。
外部からの新しい情報がどんどん蓄積されていくと、古い情報は元に保管されていた部分から別の場所に移動させられる。
だから、実際は古い情報が完全に頭からDeleteされたわけではなく、短期記憶と長期記憶に分けられて、脳に保存する部位が異なるのだ。
そして一度最初の場所から移された記憶は、取り出すのに時間がかかり、なかなか思い出せなくなる。
つまり、これが忘れるというシステムの原因なのであるが、主に短期記憶が忘却機能につながりやすい。
 簡単に説明すると、短期記憶というのは、その場限りで覚えたもので、脳に情報としての刷り込みが浅い状態のことをいう。
 普通の人間は、何かを一瞬で覚えるのに限界がある。
例えば、574934と並んだ数字は、一瞬見ただけで覚えるには7ケタから多くても13ケタまでしか無理らしい。だが、間にハイフンやドットといったような形が違う情報を、このように5-794-34と混ぜ込むと、もっと数が増えても記憶できるようだ。だから、電話番号やナンバープレートは覚えられるのである。
それから、長期記憶というのは、すごく強烈な印象のものだったり、何回も復唱されるものだから忘れにくくなる。
 このことからもわかるように、どうやら、すべての人間、いや生物というものが生き抜いていくための学習能力を高めていくには、地道な反復作業を必然とする宿命にあるようだ。

それにしても、脳はまるでパソコンにそっくりな動きをしている。
記憶を保存するのに、フォルダを使い分けて、情報が重たくなると起動が遅くなったりするあたりなど。
 脳内では海馬という部分が、短期記憶を処理しているらしい。この海馬はかなり面白い器官で、近年、脳の分野で最も研究が進んだとされるのだが・・・
話題が完全にズレてしまった。今回はこんな小難しい話をしたいわけではない。
自分でも書いている間に、イヤになってきた。ここまで、辛抱強く読んでくれた方、どうもありがとう。

 さてさて、一体何故こんな話になったかというと、つまるところ、現在のように、科学が発展してなかった時代から、我々人間は『悲しみ』と時間の関係を、難しい説明など必要しなくても、ちゃんと感覚で感じ取っていたということを言いたかったわけだ。

 自分が過去において、一番強く感じた悲しみとは何であるか?
そして、それは忘れるのにどれだけの時間を要したのか?

失恋、挫折、中傷、喪失・・・古い記憶を一つずつ掘り出してみる・・・
アレ?なんだか皆同じように思える。
当時、受けた傷の深さは全部違うし、落ち込み方もてんでバラバラだ。
それなのに、どうして楽しかった出来事と似たような感覚の思い出に変わってしまっているんだ?
それは、『月日が快楽を連れ戻してくれた』からなのか?
それとも、すでに過去の悲しみを乗り越えたのか?

傷を痛いと感じる感受性はとても大切だと思う。
そして、その貴重な経験を忘れずにいることも。
でも、忘れないでいることは、いつまでも未練がましく引きずるということでない。
終わらない悲しみというのは確かにあるのかもしれない。
しかし、それは心の中で、同じ痛みを何度も何度も呪詛のように反復してるからではないのか?
そのことによって、脳は短期記憶を長期記憶に変えて、「忘れられない状態」をを引き伸ばしているからではないのか?

悲しむという状態を持続できるのであれば、同じように喜ぶという感情も繰り返し思い出したり、経験することによって維持できるという逆接的な結論が、今ここで自然に導かれたではないか。
いやいや、悲しみや喜びのみならず、どんな感情も記憶した後、その感覚を絶えずシュミレーションすることによって、いつでも精神状態を自在に操れるということである。
これが、俗にいうイメージトレーニングってやつかもしれない。
オリンピック級のアスリートが、日々かかさず修練しているという自己洗脳プログラム。
彼らが手ひどく挫折しても、何度も立ち上げれるのはこの仕組みを利用してるのかもな。
悲しみと喜びの使い分け。
今それ、アンダースタンド。


だとしたら。やはり、平常は悲しいより楽しい気分でいたい。
誰だってそうだ。
希望も夢も未来も、自分にとって心から喜びを感じるものだと認識すれば、そこに不安や迷いのスペックは必要とされない。
たとえ、この先に幾多の悲しみが待ち構えていようとも、さしあたって大したことではない。
現にちゃんと今ここに、大きな翼を広げた時間を越えて数々の悲しみを克服した自分がいるじゃないか。
これこそが、揺るぎない真の証明。


 胸に手を当てて、目を閉じれば浮かび上がる記憶の連鎖。
そこには色んな自分が存在して、そこらかしこでピカピカ点滅ししながら、思い出をデコレートしてくれる。
笑ってたり、泣いていたり。
まぶしいほど、今でも光を失わない。
どんなに無様な生き方をしていたって、一生懸命にあがいていた姿は誰より自分が一番知っている。
ならば、もう十分立派だったと認めてあげようじゃないか。
様々な深い悲しみに身を置いた過去=「あの頃」たち。
いくつもの「あの頃」の自分に今のような生き方はできないし、逆に今の自分が当時のままでいられるわけがない。
それを一言「変わってしまった」と表現し、懐かしむのか嘆くのかは本人次第だが、私はむしろ変われた自分を誇らしいと思う。
そして、これからも変わっていく自分に毎日出会っていくのが楽しみでもある。
同じ場所にはもう戻れないけれど、その代わり、新しい発見や感覚が増えるのだ。
それが、希望というものだろう。

どんな悲しみも解き放つ、唯一で最強の手段は「希望」だ。





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コトダマピース 4詩*『沖縄の戦陣より妻へ』
2007-10-27 Sat 02:39
『沖縄の戦陣より妻へ』

まだ お便りする機会は何度かありませう
しかし 時機はいよいよ迫りつつあります
それが何時であるかはもとより予測することは出来ませんが
おそらくは あなた達の予想外の速さでやって参りませう
その時の来ない中に 言ふべきことは言って置きたいと思います
しかし いざペンを取ってみると
今更ながら申すことのないのに気がつきます
今の私は強くあらねばなりません
寂しい 悲しい
といふやうな感情を振り捨てて
与へられた使命に進まなければならぬ立場にあるのです

ただ 一切を忘れて
戦って 戦って 戦い抜きたいと思います
不惜身命(ふしゃくしんみょう)
生きる事は勿論 死ぬことすら忘れて戦ひたいと念じて居ります

南海の一孤島に 朽ち果てる身とは考へずに
祖国の周囲に屍(しかばね)のとりでを築くつもりで居ります

何時かは あなた達の上に光栄の平和の日がおとづれて来ることと思ひます

その日になって 私の身を以て尽くした いささかの苦労を思ひやって下されば
私達はそれで本望です

愛する日本
その国に住む愛する人々

その為に吾等は死んで行くのだ
と考えることは 真実愉しいものです

運命が あなたにとっての良き夫たることを許さなかった私としては
さう考へることによって
あなたへの幾分の義務をはたし得たやうな安らかささへ覚えます・・・

一度戦端が開かれれば 一切の手段をつくし 最善の道を歩むつもりです

万一の事があったさい
たとへ一切の状況が不明でも
あなたの夫はこのやうな気持ちで死んで行った事だけは
さうして 最後まで あなたの幸福を祈って居た事だけは
終生 覚えてゐていただきたいと思ひます

その後体の調子は相変わらず すこぶる好調です

いつもながら 御自愛を祈ります

ご機嫌よう

*************************
『絶筆』  神風特攻隊員 24歳  

父様、母様は日本一の父様母様であることを信じます。
幸光は靖国神社で二十四歳を迎へることにしました。
お正月になったら軍服の前に沢山ご馳走をあげて下さい。
ストーブを囲んで幸光(※詩を書いた本人の名)の想い出話をするのも間近でせう。
靖国神社ではまた甲板士官でもして大いに張り切る心算です。
母上様、幸光の戦死の報を知っても決して泣いてはなりません。
靖国で待ってゐます。
きっと来て下さるでせうね。
本日恩賜のお酒を戴き感激の極みです。
敵がすぐ目の前に来ました。私がやらなければ父様母様が死んでしまふ。
否、日本国が大変な事になる。幸光は誰にも負けずきつとやります。

                                     ~靖国神社『英霊の言霊』~

二年前のお盆に、実家に帰った時のことである。
ちょうど戦後60年記念の特別番組として、テレビで鹿児島の知覧町にあった特攻隊基地のドキュメントを、母と弟が見たそうだ。
見終わった後、やけにしんみりとしていた。
無理もない。私の家系にも一人、特攻隊員として、国のために命を犠牲にした者がいるからだ。
それは母方の亡き祖父の弟で、戦時中、空軍のパイロットだったらしいが、19歳の若さで沖縄の海上で戦死したと親族には伝えられていた。しかし、この番組を見る半年前にたまたま知覧へ観光に行った親戚が、戦争記念館でなんと偶然にもこのおじさん(?)の名前を発見したそうである。
これを聞いて、母方の親族は戦後60年にして初めておじさんの消息を知った。それまで遺体や遺物も見つからずじまいで、ただ沖縄で戦死したという電報だけを受け取り、墓石にも沖縄で戦死と刻んだ。しかし、事実は違った。なんと空軍のパイロットとしてではなく、特攻隊としてこの世を後にしていたのだ。聞けば、おじさんは親戚一の神童だったそうで、それゆえ、国からパイロットとして召集されたと聞く。若くして、優秀なこの人物が戦死したことを親族は皆、心から惜しみ、まるで伝説の勇者のように子孫に語った。そのせいか、一度も会ったことのないおじさんは、私にとってすごく近い存在に思えてならなかった。そして、当時死ぬ寸前まで知覧にいたことを聞いて、改めておじさんのことが知りたくなった。
 理由は判らない。
それでも居ても立ってもいられない気持ちが先行した。
そうは思いつつ、やはりすぐには知覧に行けなかったので、まず特攻隊や知覧のことを調べてみた。
すると、靖国神社が浮かび上がった。
ご存知の通り、靖国神社は戦没者にとっての聖地である。現在、東京に住んでいる私にとって、この神社を訪れることが何故か最大の手がかりのような気がしたのだ。「よし、東京に帰ったら靖国にいってみるか」と実家にいる間、計画を練っていると、たたみかけるようにもう一つの事件(?)が起こった。
今度はなんと父方の亡き祖父の弟からのメッセージだった。
父方の祖父の弟も海軍に所属し、戦死している。しかも彼も相当なエリートで東京大学を出た後、大手銀行に勤めるものの、国から召集され26歳の若さで他界した。彼も父方の親族の間で、伝説の人物だった。そしてその彼を今もなお心底尊敬している祖父の妹が、死してなお彼を慕うがあまり、何故かこのタイミングでアルバム文集(?)を作ったのである。
そして、読んでくれといわんばかりに祖父の仏壇にも供える始末。
はいはい、読めばいいんでしょ、とありがたく・・・手に取り、ページをめくってみる。
そこには、彼の経歴やら、生前のエピソードが書かれてあり、写真も貼ってあった。
なにやら相当、読めば読むほど次元の違う人のようで、彼からしてみればレベルの低い私など、同じ血を引いているように思えない。高校生の頃から、独学で英語やドイツ語を自在に操り、大学ではドイツ経済学を学び・・・アレ?ドイツ語?そこでドキッとした。恥ずかしながら、私も何故かドイツ語に興味を持って、大学で専攻してしまった身であるが、彼の足元にはおよばないものの、思わずそこに変な共通点を見い出してしまった。そして、奇しくも東京。
やはり、靖国に行かなければ!

そして、何の因果か、足を運ばせられた九段下。訪れたのは10月の半ばなのに、その日、ゼロ戦同好会の方々とばったり出くわす。
ああ、戦争遺恨はまだこの国に残っているのだな、と思いながら、当時の悲惨さなど何も知らないくせに、どういうわけか他人事に感じられないまま、戦争記念館に向かう。
そこで見たものは、昔、広島や長崎の原爆記念館でみたものとはまるで違っていた。
正直、歳のせいかもしれないが、覆いかぶさってくる空気が以前にも増して、どっしりと重かった。
広島や長崎で戦争の犠牲になった人達は受身だけれど、靖国は(半ば強制的だが)自ら飛び込んだ結果の犠牲。絶対国を守ってやるんだと、命を懸けた人々の魂が凝縮している。
日本は確かに負けたのだけれど、この方々のおかげで守られたものがある。
それは間違いなく私達だ。
愛する人や国を命を賭して、必死で生かそうとしてくれた。
父方の祖父の弟は、最後の帰郷の際、自分の母親にこう言ったという。
「俺は母さんや子孫のために死ぬ覚悟はあるぜ」
そして、本当に死んでしまった。
私みたいな出来の悪い子孫に、日本の未来を託して。

遊就館(靖国神社の軍事記念館)を見て回ると、上記のような遺書ともいうべき書簡がたくさん保管されている。それを見て、愕然とするのは若い将兵達の汚れなき純粋さと達筆である。とてもじゃないが、戦前の人達の国を思うひたむきな心には勝ち目がない。
彼らは愛国心というよりも、愛する人達を思うがゆえに人生を、青春を惜しみなく捨てていったのだ。
そして、誇り高き魂はまだ、この国の未来を見守りながら靖国神社に留まっているのだろう。
いまだ見ぬ祖先に命を授かった私は生まれ育ったこの国のために、何ができるのだろうか?
ふがいなき想いは絶えず交錯する。
死ぬ間際、おじさん達は何を考えていたのかな?
きっともっと、たくさん生きてこの世に素晴らしい功績を残してただろうに。
一度でも会って、思慮深い知恵や素晴らしい言葉を授かりたかった。
今となっては、まるで叶わぬことだけど。


記念館を出ると、真っ青な秋空が瞳を奪う。
来た時はどんよりと曇っていたのにな。
一匹のトンボが境内を飛び回っている。すぅーっと優しく私の肩先をかすめ、追うように振り返った先には、あるはずの姿が見えなかった。
まるで、ハヤブサ戦闘機みたいなトンボだな。
別れを惜しむ間もなく、泡のように消えるなんて。
おじさんもあんなふうに、照りつける夏の青空に飛びこんでいったのかな?
一陣の風になって。

帰り際ふと思い立って、おみくじを引いてみた。
そこに書かれていたものは
「祖先を思うのなら、まず父母を思え。両親は一つの根をもとにした木の枝である。
 親に感謝することで、祖先を敬うことに繋がる。そして、その想いを子孫に伝えよ」
それはまさに、亡き人々からの温かいメッセージだった。
目からうろことはこういうことだ。やっぱり、どうあがいてもかなわないわけである。
爪の先まで、参りました。

この時以来、毎年夏が来るたび、遥か遠き日々に生きた先祖たちを思う。
折りをみて、いつか知覧に行くつもりだ。
何故だろう。私はまだ、目に見えぬ彼らの言葉を必要としている。
大分、自分の生き方がわかってきたつもりなのに、意味もなく比べてしまうんだ。
ただ一つ、与えられた生命を燃やして、精一杯生きているのかどうか。
答えはまだ見つけられないから。

死者は静かに私を見つめる。
まるでやさしい月の光のように。
もしもまた暗闇に迷い込んだら、そっと指し示して欲しい。
決して消えることのない明けの明星が光る、夜明けへの道筋を。


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コトダマピース 3詩*『今日は死ぬのにもってこいの日』
2007-10-20 Sat 00:33
『今日は死ぬのにもってこいの日』

今日は死ぬのにもってこいの日だ。
生きているすべてのものが、わたしと呼吸を合わせている。
すべての声が、わたしの中でが合唱している。
すべての美が、わたしの目の中で休もうとしてやって来た。
あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。
今日は死ぬのにもってこいの日だ。
わたしの土地は、わたしを静かに取り巻いている。
わたしの畑は、もう耕かされることはない。
わたしの家は笑い声に満ちている。
子供たちは、うちに帰ってきた。
そう、今日は死ぬのにもってこいの日だ。

 * * * * * * * * * * * *

たとえそれが、一握りの土くれであっても
良いものは、しっかりつかんで離してはいけない。
たとえそれが、野原の一本の木であっても
信じるものは、しっかりつかんで離してはいけない。
たとえそれが、地平の果てにあっても
君がなすべきことは、しっかりつかんで離してはいけない。
たとえ手放すほうがやさしいときでも、
人生は、しっかりつかんで離してはいけない。
たとえわたしが、君から去っていったときでも
わたしの手をしっかりつかんで離してはいけない。

                           【 ナンシー・ウッド~ネイティブアメリカンの知恵~】

これらの言葉は、あるインディアンの古老が自分の家の屋根の下、太陽を背にして訪問者のナンシー・ウッド女史に語ったものだそうだ。
彼の名前はわからない。いや、それほど重要なことではない。
名前や人種、地位や名声。
現代に生きる私達がこぞってこだわるもの。
そんなものは彼ら部族にとって、ほとんどどうでもいいことなのである。
この世界に誕生した草木の一つ一つに名前や階級をつけて回ることは愚か者のすることだ。
あちこち走り回って名づけるうちに、記念すべき最初の花はとうに朽ちて消えてしまう。
それと同じように、人間も意味もなく自分が一体どこからきてどこへ向かうのかと自問自答している間に、貴重な一生に終わりがやってくる。
哀しいかな、古今東西、生命のシステムに変わりはない。
ただ他の生物より、ほんの少し寿命が長いだけで。

彼らは「究極の理解の鍵」は大地が教えてくれるという。
『インディアンは地面に剣を突き立てない。
なぜなら大地の下には死者が眠っているからだ』と小さい頃に聞いたことがある。
初めは正直変な話だと思った。
今にして思えば、やっぱりすぐにわかるわけがなかった。
家から友達の家、または学校へ続く道もすべて、無機質で人工的なアスファルトに囲まれた時代に生まれた子供だったから。
大地に畑を耕し、その地で刈り取られた食物の恵みを授かり、やがて死を迎えた肉体は土に還す。
そうして常に自然と共存している人々の言葉は、きちんと飲み込むのに時間を必要とした。

彼らは流れる雲や季節をゆっくりと目で追い、太陽に焼けた黄金色の鼻で香りを確かめるように、
ただ静かに「死」を見つめる。

生まれてきた理由は死を迎える瞬間まで、誰にもわからない。
いや、死してなお理解できるものではないかもしれない。
死を恐れず、正面から向き合うからこそ、生が輝く。
だからこそ、簡単に死を選んではいけない。
きれい事ではなく、あるがままに生きることの方がよっぽど勇気がいるということを伝えたい。
冒頭の詩のように、今日はまだ死ぬのにもってこいの日ではない。
成すべき使命を果たせていない私やあなたにとっては。

そして、死ぬまでしっかりつかんで離してはいけないもの。
それは自分と、愛する人たちを信じる心。
私はあなたの手を、しっかり握れているだろうか?
あなたは私の手を、しっかりつかんでくれているだろうか?
目には見えないけれど、ここから繋がっているんだよね?
生と死が横たわる大地が続く限り、ずっと。



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コトダマピース 2詩*『この世のすべては”想い”でできている』
2007-10-18 Thu 22:00
『この世のすべては”想い”でできている』


私たちが今日あるのは、昨日の想いからだ。
そして、今日の想いが、明日の人生をかたちづくる。

人生は、私たちの、心の創造物だ。


                                【 仏陀 】

「人は自分で想像したことは全部実現できる。」
よくこんな言葉を聞くことがあるのではないか?
特に夢を実現させて成功した人ほど、実感をもって口にするものだ。

さて、ブッダが言ったといわれるこの教えは厳しい修行を積んだ先に生まれてくる悟りだとか、仏教の経典に精通してなくても、宗教という枠を超え、普通に生きている者にもちゃんと感じることのできる立派な哲学だと思う。
そうはいっても、これは頭で理解するだけでは意味がない。
何かある日突然、実感できる瞬間があって、その言葉では表せない感覚を得た時こそ、
本当の意味で識(し)ることができるのだろう。
そう、情報として”知る”だけではなく、意識として”識る”。
その二つが合わさって初めて、「知識」に成り得る。

私もこの詩を読んでから、二年ほど遅れて感覚がやってきた。
それもふとした瞬間にじわーっと、何か伝えられない不思議な温かさが心に浮かんで、
そして、識った。
大げさに言えば、宇宙の仕組みのような大きなもの・・・でも、うまく説明できない。
言葉にすると、「この人バカ?」と思われるような突拍子もない稚拙な表現になってしまう。
だから、ブッダのこの言葉は短いくせに端的に示されていて、こういうことを思いついたということはやっぱり天才だったんだな、と改めて思う。
ならば、この「人は自分で想像したことは全部実現できる」という表現はどうなのか?というと、最初にあげたブッダの教えの中の一部なのだ。
つまり、大きな木の葉っぱにあたるもの。
それでも、ブッダの偉大な思想の恩恵に、身をもって少しでも触れられたということは素晴らしいし、羨ましくもある。
別に正式な仏教徒ではないけれど、ブッダは尊敬に値する人物に違いない。

空即是色 色即是空
(万物はもともと何もない空っぽなのだけれど、これを取り巻く因縁によってこの世に有るように見える。しかし、その因縁を取り払ってしまえばやはりもとのように何もない空っぽである)

この有名な文言も最近になって、やっとなんとなく分かるようになった。
ただただ、おそろしいほど深い。

正直、まだこの若さで悟りたくない境地だ。

今日の想いを確実に明日へ繋げることさえ、ままならぬ私
きっと巨大な宇宙の片隅で、星のようにきらきら輝きながら、ブッダは鼻先で笑ってる。
でもまだ、笑ってくれているだけでもマシか。
笑っている間は、心が平和でいられるもの。

Shanti-Shanti




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コトダマピース 1詩*『自分の感受性くらい』
2007-10-17 Wed 22:42
 『自分の感受性くらい』

ぱさぱさに乾いていく心を
ひとのせいにするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
                              
                               【 淡木 のり子 】

これを見たとき、頭から氷水をかぶせられたみたいにハっとした。
彼女は美しい青春を過酷な太平洋戦争に奪われながらも、力強く生き抜いた女性である。
この詩に初めて出会ったのは三年程前の、とある新聞のコラムだった。
やけに心にピリピリきて、そのゆるぎない勇ましさに半ば嫉妬を覚えたものの、偶然通りすがっただけのよう忘れたふりをした。
あなたに言われなくたって、自分のことはよくわかってるつもり。
そんなくだらない言い訳をしながら。

しかし、その1ヶ月後、ふいに友達からプレゼントされた詩集を手にして、1ページ目をめくった時、またしても私は彼女に叱られた。

『自分の感受性くらい』!!!

時代を超えてのありがたいお説教。
私達は目の前で顔を合わせたことはないけれど、きっと一生彼女に頭が上がらないだろう。

いつだって、人間は気を抜けば傲慢で怠惰に生きてしまう。
それは時代や世代など関係ないものだ。
私やあなたの生まれ持った感受性は本人しか守れない。
たとえ世間や他人に翻弄されても、絶対に忘れてはいけない言葉。

だからこそ第1回目に決意表明のごとく記したかった。

叱ってくれてありがとう。
おかげで、しっかりと目を見開いて、この見果てぬ夢路を今日も歩いていけます。




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