2008.07.24(Thu)
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2007.11.24(Sat)
『縁ありき道標(みちしるべ)』
◆ 小才は、縁に出合って縁に気づかず。 中才は、縁に気づいて縁を生かさず。 大才は、袖すり合った縁をも生かす。 【 柳生家の家訓 】 ◆ 縁ある人 万里の道を越えて 引き合うもの 縁なき人 顔をあわせるすべもなく すれ違う 【 中島みゆき 】 何気ない日常。 私達はしばしば、そこにあふれているものを見落としたり、あるいは気づかないふりをする。 特に「縁」というものは。 土地に人に言葉に物に、目に見えずとももれなく宿り、接触した我々との相互間で発生する引力のようなもの。 「縁」という名の言葉の中に、この世で生じる事象の全てに、自分との関わりを見出して感謝する。 他国には存在しない言葉。 文化が異なる外国人に説明するには、一言で表現しがたい感覚を持つ、不思議な日本独特の文化である。 この「縁」、じつは神様にもあると知ったのは、東京に来る前、まだ京都にいた頃だ。 その頃、アルバイトしていた店に神棚が奉ってあった。 誰を奉っているのかと、店主に尋ねると 「スサノオの命(ミコト)」だという。 スサノオといえば、京都の八坂神社の祭神である。 京都では通称、牛頭(ごず)天皇とも呼ばれる、非常に強力な神様だ。 「あんたの産土(うぶすな)神は誰や?」 突然、そう訊かれて、「え?産土て何ですか?」と間抜けな返答をしたのを今でもよく覚えている。 「産土いうのはな、あんたの生まれ故郷を守っとる神さんや。小さい頃にお宮参りしたやろ?あれは、一種の神様との契約でな、そこの神さんがあんたの一生を担当してくれる守護神なんやで。」 つまり、産土(うぶすな)とは、神道の全国八百万(やおろず)いる神様が、最初にお宮参りをした際に、この世に生まれた子の、死ぬまでの守護神となるそうである。 しかも、その子供が大人になって、地元を離れても、その行く先々でも、きちんとそばにいて守ってくれるらしい。 それが、一番わかりやすい形となって現れるのが神社なのだそうだ。 守護神は祭主かもしれないし、その横に別格で祭られている神様も含まれる。 そもそも、別格で奉られている神様達は、その神社の祭主と兄弟や親子関係やらで「縁」のある方々なので、おのずと系統が似てくる。 要は、神様にもグループ分けが存在するということで。 例えば、全国でよく見かける稲荷社とか八幡社などは、元を正せば、伏見稲荷大社なり、宇佐八幡宮しかり。神様の世界にも大きなネットワークがある、というわけだ。 だから、たとえ守護神自らが守れなくても(本人の近くに守護神の神社がなかったり、あるいは神事にお忙しかったりという理由で)、その守護神に縁のある神様が代わりを務める場合もあるという。 そういう過程の中、日本人は生まれながらにして、多くの神様に引き合わされる。 とにかく、お宮参りとは実は、そういう神様との縁を契る儀式なのだと初めて知った。 「ほんで、あんた、どこ参った?神社の名前いうてみ。それで大体神さんの系列がわかるもんや」 「はぁ・・・確か、鹿島神社やったと思います」 「ほぉ〜、鹿島さんかいな。そりゃ、えらい神さんやけど、その神さんがあんたの守護神とは限らんで。今住んでる、近所の神社回ってみ。あんたのホンマの守護神がわかるやろ。あんたに縁のある神様は必ず近所の神社にいらっしゃる。そういうふうに、人間知らん間に導かれとるもんなんやで。それより、一回実家帰って、祭神確かめた方がええな。」 鹿島神社?神様?・・・何のこってすかい? そう訝しげに思いつつ、近所の神社を確認したら、春日神社があった。 そこの祭神はタケミカヅチノミコトとアマノコヤネノミコトだった。 タケミカヅチは、茨城県の鹿島神社から分霊されたと書かれてある。 確かタケミカヅチは、実家の鹿島神社の祭神だった気がする。 それで「近くに春日神社がありました。やっぱり、タケミカヅチなんでしょうか?」 と報告したら、 「う〜ん、そう短絡的に考えたらアカンな。確かに橋渡ししてくれてるんやろうけど、ホンマにその神さんが、あんたにずっとついて回ってくれとるんかな? それにな、産土神っちゅうもんは何も神社に名前がある神様だけやないで。 神社いうもんは、人間が後付けして建てたりするもんやからな。もともとその場所の、たとえば神木に宿っとる名のない神さんが、守護霊になったりしはるんや。どっちにしろ、人間には皆、守護霊さんがおる。ありがたいこっちゃで。まぁ〜、この先、だんだんわかってくるやろ。あんたの行くとこ行くとこで気ぃつけてみなはれ」 店主はそれ以上、語ることはなかった。 だからこそ、すごく気になった。 気になって気になって、わざわざ実家の鹿島神社まで調べに帰った。 久方ぶりに訪れた鹿島神社で、早速、祭神を確かめる。 タケミカヅチ、スサノオ、アマテラス大神、応神天皇。 う〜む・・・さっぱり、わからん。 そう頭を抱えて嘆きつつも、一度乗りかかった船である。 ここでうやむやにするのも惜しい気がしてならない。 それで手当たり次第、古事記や日本書紀やら読みまくり、神さまの系譜を頭に叩き込んで、はては伝説の域にあるフトマニやホツマ伝まで行き着いた。 しかし、収穫があるような無いような・・・ ゆめゆめ行き過ぎて、すっかり歴史の深みにはまってしまい、どうにもこうにも迷ってしまった。 イカンイカン・・・シンプルに考えねば。いったん最初の場所まで戻ろう。 自分がこれまで足を運んだ神社をおさらいしてみる。 確かに色んな神社は行ってみたけれど。 人生の節目節目で、気になった神社は・・・ 鹿島神社→春日神社。 なんかものすごく抜けてる気がするな。 あ、そうだ。 京都に来たとき、一番最初に八坂神社に参ったんだっけ? 確か受験前で、東京の大学に受かりますようにと頼んだら、そのまま京都に引きづられて・・・ スサノオといえば、八坂やら出雲といった土地と根深いという印象が強いが、実は元来、熊野の地で生まれ育った神である。 そういう意味では、紀州の地を故郷に持つ私とも縁が深いとも言える。 しかし。。。 その後、春日神社のあった場所から、同じ市内の別の区に引っ越した。 この頃から、妙に神社の存在が気になり出して、目に留まる神社は皆調べてみることにしていた。 新しく引っ越した家のすぐ目の前に小さな神社があった。 そこにはスサノオがいた。 また、スサノオ。なんかつい気づけば、何処行ってもこの方がいらっしゃるような。 そもそも、京都は八坂神社が母体になってるから、この方から逃れる術はナシなのか? いやいや、神様は他に総じて八百万もいるのだよ。 その上、京都には色んな神様を祭る神社が五万とある。 それなのに・・・ 京都は私にとって、楽しい思い出以上に、厳しい修行の場だった。 ここから逃げ出したいと思っても、いつもいつもタイミング良く(?)邪魔が入る。 一度、足を踏み入れると、二度と抜け出せない空気が漂っている。 無論、あくまでも私にとっては、という話だが。 だから、京都と縁を結んだきっかけがスサノオとするならば、その時の私の心境としては、この上もなく迷惑な話に思えてならなかった。 八坂神社なんかで手を合わせて、拝むんじゃなかったな。 ずいぶん罰当たりな発想である。 『自ら望んで京都に来たわけじゃない』 当時、私の心を占めていた感情は、そんな浅ましいものだった。 だからこそ、スサノオは私を許してくれなかったのだろう。 「身に起こる不幸な出来事を、誰かのせいにしても、何の解決にもならない。」 それを辛抱強く教えようとしてくれていたのかもしれない。 だけど、私はわかろうとせず、また誰かのせいにしようとしていた。 『スサノオの呪い』 私は密かにそう名づけた。 恨めしい想いと行き場のない怒りを込めて。 そして、スサノオがいる神社にたびたび赴いては、こう願った。 「早くこの街から、私を解放して下さい!」 そんな性懲りも無い祈りが通じたのだろうか? スサノオとの関係にも、ついに縁が切れるかのような出来事が起こった。 祇園祭が近くなった、夏のある日のこと。 上記とは別のバイト先で、八坂神社のお祓いを受けることになった。 お祓いといっても、京都の商工会が各店に配っている人形(ひとがた)の紙に、名前と願い事を書くといったものである。 そして、一ヶ月にも渡る祇園祭が終わる頃、八坂神社で人形を焼き、本人の代わりにお祓いをする慣わしなのだそう。 長いこと、京都に住んでいて初めて体験するものだった。 しかも、また八坂神社か。おのれ、スサノオめ。 そんな想いが、人形に自分の名前を書き込んでいるうちに、なんだか急にばかばかしくなって、笑いがこみ上げてきた。 『今まで、ずいぶん貴方を拒んできたけれど、こうして出逢いを重ねるのは縁がある証拠かな?それなら、それでいいや。だけど、私の夢を壊そうとはしないでね。 私はこれまで、たくさんの間違いを犯したのかもしれないけれど、夢を描くことに罪はない。そのことだけは、許して下さい。』 今ここで、人形を身代わりに焼くのは、己の煩悩の一部。 祓いたまえ、清めたまえ。 その時初めて、スサノオによどみない素直な気持ちを言えた気がした。 それからほどなくして、突然東京行きが決まった。 東京に出てくる直前に、改めて八坂神社を訪れた。 感謝の念を伝えるためだった。 暮れゆく夕日を背に受けて、境内におわしますスサノオと、面と向かって挨拶をする。 心は未だかつてなく、晴れ晴れとしていた。 最後におみくじを引く。 「神風の八坂の郷とけふよりは 君が千とせとはかりはじむる (八坂の神の御かげを受けて、永代(とこしえ)に栄えゆく第一歩を今日より始めるというめでたいおさとしです。)」 よし、これで、京の都のスサノオともおさらば。 とにかく、これまでありがとう。 これからはあなたのお力の及ばぬ場所で、頑張って生きていきます。 そう誓って、京都を後にし、意気揚々と東京へ出てきたのである。 上京してきた新居がある町で、もはや恒例となりつつある近所の神社探しをする。 さっそく見つけたのは、氷川神社であった。 これは関東最大の力を持つ、ここら一帯ではとても有名な神社だという。 さっそく、参って挨拶をする。 さて、今度はどんな神さまなのかしら? 心躍らせ、確かめるやいなや、予想もはるか唖然とした。 祭主はなんと八坂神社から分霊したスサノオだった。 これはまぎれもなく、『スサノオの呪い』、第2章?? もうここまできたら、笑うしかなかった。 ひょっとして、愛されてるのか? さもなくば、私が無意識に慕っているのだろうか? 私はスサノオと縁を切ったのではない。 京都と、そこに住むスサノオの手を離したに過ぎなかった。 新たな土地で縁を結んだのは、またしてもスサノオだ。 まったく、どこにでもいるんだね。お互い、古い付き合いになりそうだ。 こうなったら、死ぬまでよろしく頼むよ。 親愛なるスサノオさん。 そして、現在、赤坂にある会社の近くには日枝神社がある。 穏やかな陽だまりが心地よい午後の空き時間に、ふと思い立って訪れてみた。 祭主は大山咋神(おほやまくひのかみ)。 けれど、横にあるサブ祭主を確かめてみたら・・・ やっぱり、いました。スサノオ様。 しかも、出雲からではなく、わざわざ八坂神社から分霊されているのね。 やはり、あなたが、ここへ導いてくれたのですか。 でも、もう嫌な気持ちはしませんよ。 むしろ、すごくたのもしい限りです。 どこに行っても、ちゃんと見守ってくれてるんだね。 今日も感謝の意を込めて、本当にありがとう。 このことは、多分私だけに起こる現象ではないと思う。 きっと、皆、知らない所であなただけの神様に守られているはずだ。 産土から始まって、この際確かめてみてはいかがでしょう? 偶然を超えた不思議な縁に出逢えますよ。 先急ぐ足を、時に立ち休ませ、振り返ってごらんなさい。 その背後には、過去を刻む道のりと、生まれてこの方、いかなる歩みをも共にした 守護なる神の微笑みがある。 忘れなさるな。 何時いつの世も、あなたを支える大きな力が存在することを。
2007.11.20(Tue)
『月光と海月』
月光の中を泳ぎて むらがるくらげを捉えんとす 手はからだをはなれてのびゆき しきりに遠きにさしのべらる もぐさにまつわり 月光の水にひたりて わが身はは璃のたぐひとなりはてすか つめたくして透きとほるのも流れてやまざるに たましひは凍えんとし ふかみにしづみ 溺れるるごとくなりて祈りあぐ。 かしこにここにむらがり き青にふるえつつ くらげは月光のなかを泳ぎつ 【 萩原朔太郎 】 生まれて初めて、この世で最も美しい詩だと思った。 多感な思春期真っ只中、偏った知識で物事を判別していた15歳の頃。 わずかな好奇心すら、そそられない国語の教科書に載っていた詩である。 生と死の狭間、危うげな感性をもてあそび、自分のアイデンティティを必死で探っていた陽炎のような季節。 人間はどこから来て、どこへ行くのか? 知恵熱に冒された痛いげな子供はそんなことばかり考えてたように思う。 毎夜、または白昼夢、安堵の時すら忘れ、しぶとくうなされるくらいならいっそ手短かな、ありあわせの答えを欲した私は、当時思い切って、つい大人の世界に生きる担任にSOSを出してみた。 「私は何故、この世に生まれてきたのですか? 私は何処へ行けばいいのでしょう?」 ノートに書き綴った、密やかな想いのたけは出口を求めて揺らめいた。 「そんなことは今考えるべきではない。もっと他に考えなければいけない事は沢山ある。例えば、お前はどこの高校に進学するつもりなのか?」 まるで、答えになってないよ、先生。 私の未来なんて、所詮、計るべき軸などありません。結局、何も答えられないんでしょう? 想定外の事態に備えて、正しいマニュアルはなかったのですか? たとえ、この世界の全てが夢で、誰かが吹聴した嘘だとしても、一見まともに思える答えさえあれば良いと思っただけなのに。 大人になるのは、やっぱり嫌だ。 こんなふうに、日々矛盾に異なり、さらさら波打つ心と心を一つにを寄せ合うことさえできないなんて。 そう、自分勝手に空しく確かめただけだった。 海がとても美しい町。私が生まれ育った故郷は。ほかにめぼしいものといえば、千里にまたぐ梅林の香り。 でも、それを深く愛した。 そして、ここにはずっといられないとも感じた。 幽玄な空の青さに目がかすんだ、あの頃は・・・ 真っ直ぐ見据えた海の向こう側、水平線がはるか遠くでなびく先に、確かな私の未来があると信じた。 永遠という名の楽園が存在するならば、きっとずっとそこにある。 あの時、必死で目指そうとしたもの、今は手に入れられているのかな? 今夜、浮かんだ三日月は、空気が澄んだ夜空の端々に、鋭い光を容赦なく放っている。 お前はあてどなく、どこまでも漂うのか? 海の闇を、雲の影を、ものともせずに撥ね退けて。 月はいつも、淡き過去への回想をうながす。 せわしい大都会の片隅でふと見上げてみれば、ほのかな灯篭。 人工的な電飾よりも、強く儚く光る浮遊物。 私が生まれる前の世界も、お前は全部知っている。 同じ過ちを繰り返す中で、人間は変われたかい? だとしたら、教えておくれよ。 真実を知りたがる、愚かな人間の行く先を。 鼻先であざ笑うお前に、小さき者の代表として、私は揺れぬ誓いを立てよう。 ここで、この地球で生き抜こうとしている報いのないあがきは、決してムダではない、と。 自らが心底切望したわけではないけれど、この世で生かされている意味に証を立てるまで、死にもの狂いで走り抜いてやる。 私という一つの人生を。 同じ強固な眼差しで、あちこちにはびこる限界に負けじと挑む友と共に。
2007.11.10(Sat)
『結婚という認識』
◆ 恋は人を盲目にするが、結婚は視力を戻してくれる。 【リヒテンベルグ 】 ◆ ねえ、あなた。話をしながらご飯を食べるのは楽しみなものね。 【 永井荷風 】 ◆ 夫婦間の会話は、外科手術のように慎重に取りかからなければなりません。 ある種の夫婦は正直なあまり、健康な愛情にまで手術を施し、 そのために死んでしまうようなことになるのです。 【 モロア 】 ◆ 結婚をしないで、なんて私は馬鹿だったんでしょう。 これまで見たものの中で最も美しかったものは、 腕を組んで歩く老夫婦の姿でした。 【 グレタ・ガルボ 】 ◆ 男と女というこうも違った、また複雑な人間の間で、互いに良く理解しあい、 ふさわしく愛するために一生を費やして長すぎるということはない。 【 コント 】 ◆ 結婚するやつは馬鹿だ。しないやつは――もっと馬鹿だ。 【 バーナード・ショー】 ◆ 結婚したらいろいろ分かってきますよ。いままでは半分謎だったことが。 【 モーツァルト 】 ◆ 恋する人のために食事の支度をしている女の姿ほど、胸打つものはない。 【 T・ウルフ 】 ◆ 結婚する。 まだ多少は愛したりもできる。 そして働く。 働いて働いて、そのあげく愛することを忘れてしまうのである。 【 エジソン 】 ◆ 愛する者と一緒に暮らすには一つの秘訣がいる。すなわち、相手を変えようとしないことだ。 【 シャルドンヌ 】 愛とか結婚とかについて、ノートパソコンに向かい、悶々と考えて文章を書いていると、まるでSex&Cityのキャリー・ブラッドショーのような気分になる。 憧れの存在ではあるけれど、まだまだ遠く及ばないのは自分でもよく理解している。 それでも今日は、キャリーのように果敢に論じてみたいような気持ちがあることを一寸だけでも許して欲しい。 つい先日、某大手出版社とのコラボでプレママ&マタニティのコンテンツ企画の話が持ち上がって、無理矢理企画書を書かされる羽目になった。 このヤロ、また余分な仕事が増えて、残業三昧じゃねーか。 大体、転職一ヶ月目の新人かつ未婚者の私に担当させるなんて、無謀にもほどがある。 だが、そんな風に愚痴ってもまったくしょうがないので、仰せられるがまま、毎日毎日飽きるほどマタニティ系の雑誌やWebを見つつ、莫大な資料を引っさげ、迅速に研究せざるを得ないのが現状だ。 しかし、必ずしも近からずも遠からず、いつかの明日は我が身の事なので、下調べしながら勉強させられる節は多々あるものだ。 一口にマタニティといっても、世に出回る雑誌によって色合いや世代、読者の年齢層が違うし、テーマや傾向も少しずつ違うことに新鮮さを感じた。 もし今の企画が通れば、確実に担当させられる出版社は、どちらかというと初産の年齢層がちょいと高くて、全体的に少しプチセレブ感のある読者が集う・・・「たまひよ」でも「赤すぐ」でもない。というと、もうわかる人にはわかってしまうだろうが。 とにかく、何の因果か、やはり今年は事態の急変展開がまったく読めない。 今年もあと二ヶ月、平和にやり過ごそうと思っていた矢先の寝耳に水の出来事であった。 まったく、結婚て何だろね? とは言え、雑誌の写真に写る読者モデルはずいぶん幸せそうである。 一生懸命、子育てダイヤリーをつけたり、食事や健康に気をつけたり、きれいなママでいるためにおしゃれしたり、ブログで我が子を自慢してみたり。 自分の母親の世代にはありえない光景に、自然と感心や尊敬やらを覚える。 そして、一抹の希望と勇気を与えられもする。 努力家で勉強熱心な世代の母親たち。 この御時世で、家庭に収まらず、しっかり社会に出て働きながら本当に頑張っていると思う。 平均して一人あたり、モロモロに抱えるものは昔に比べて、ひどく多くなったにも関わらず、だ。 到底、真似できないな〜と思いながら、そうして生きていくことを余儀なくさせられる、複雑な世の動向。 とある、評論家がおっしゃていた。 「現代に生きる女性は、もはや崩れ去った我が国の父権主義の肩代わりをしている、実にたくましい存在である」と。 今や、この国を支えているのはまぎれもなく、女性の底知れぬパワーだ。 と言い切ってしまうと、一介のフェミニストみたいに思われるかもしれないが、ここでの表現は一切そういう区切りを超越した、一人の人間としての感嘆である。 事実、女性は元気だ。いや、空元気なのかもしれない。 それでも、ひたすら前向きに生き抜こうとする姿勢はもはや痛々しさを通り越して、実に美しい。 何かにつけて、「凛」という言葉が流行るのも無理はない。 全てにおいて、柔軟に生きる女性の強さに救われている部分はすごく多いと思うのだよ。 手放したくない家族のために、あるいは子供のために、もしくは自分のために生きているの? ママとして生きる自分に確固たる存在証明を、揺るぎないアイデンティティーを必死で模索する。 背負ったもの全部に責任は持てなくても、なるべく取りこぼさず、ありったけのエナジーを燃やして。 「ママになっても、ずっと等身大の”私”でいたい、あなたへ」 不意に思いついた言葉。 そのままキャッチコピーとして、即採用されてしまった。 ああ、なんだか、自分で自分の首を絞めている予感。 予期せぬ仕事が増える、増える、増え・・・ でも、これも世のため、人のため。 私だって、人様に生かされてるんですもの。 そして、また一つ、大きな目標ができた。 こんなにも頑張っている人たちが大勢いる。 自分はきっと、その人達のために何か実になるものを貢献していかなければならないのだろう。 明確な決意と、半ば一人よがりな使命感。 だけど、そうやって誰かたった一人の要求のためにでも、懸命に応えて生きていければ幸せだな。 何もしないで後悔するより、手を取り合いたい誰かの心の扉をノックする。 戸惑いながらも、玄関の鍵を開けたあなたが笑顔で喜んでくれれば、それで。 決して拒まないで。 たとえ、この矛盾に満ちた世界があなたを奈落の闇へと突き落とそうとしても。 私が、そのか細い手を握って離さない。 儚いけれど、縁あって生れ落ちた生命を太陽の光のもとに、力強くかざすまで。
2007.11.04(Sun)
『人間の運命よ』
◆人間の運命よ。 お前はなんと風に似ていることか。 【 ゲーテ 】 ◆運命がカードを混ぜ、われわれが勝負する。 【 ショーペンハウエル 】 ◆運命のなかに偶然はない。 人間はある運命に出会う以前に、自分がそれを作っているのだ。 【 ウィルソン 】 ◆運命をあざ笑うものが幸運を手に入れるだろう。 【 ベンジャミン・ディストレイ 】 ◆運命は花崗岩より堅固だが、人間の良心は運命より堅固である。 【 ユーゴー 】 ◆人は、運命を避けようとしてとった道で、しばしば運命にであう。 【 ラ・フォンテーヌ 】 ◆人生とは、運命がなみなみと注がれている盃である。 【 ブラックロック 】 前回のブログを書き終えて、内容を見直している時、不意にモヤモヤと頭にもたげたことがあった。 えらそうに、人間に科せられた運命を語ってみたものの・・・ そもそも誰が名ずけたか「運命」というものは一体なんぞや? ここにきて純粋にぶち当たって、そして真剣に考えた。 加えて、今日古い友人のブログを閲覧して、ますます思索を練る羽目に陥った。 恐らく、前回の私のブログに対する答えなのだろう。 自らの結婚について、静かに語っていた。 最初は決して終わることのない永遠の楽園に二人寄り添い生きていく誓いを立て、この世で固く縁を結び、喜びを分かち合った。しかし今や日を増すごとに色褪せゆく幸福のほころびを互いに認め、とうに朽ちた夢の淵からも完全に目覚めてしまった。 そして、今はただ夫婦となった二人の愛が産み落とした、何物にも変えがたい奇跡の結晶でもある子供のためを想い、なんとなく習慣としての生活を共にする。 もはや、二人の間に恋愛という文字は存在しないのだ、と。 なにやら、どこかで繰り返し聞いてきたようなお話。 現代社会の闇をあぶりだしたら、どこの家庭にも浮かび上がってきた深刻な地獄絵図。 今世紀最大の課題でもある”魂の癒し”が世間で流行する原因の一つでもある。 この男女間のどうしようもなく埋められない溝を、まだ世間を知らない頃の幼い私に必死で解からせようと試みた最初の人間は、母親だった。 物心ついた時から、母はよく泣いていた。 理由は複雑すぎて、長くなるのでここではあえて話はしない。 だが、私が受けた不快な苦悩は18歳で実家を飛び出すまで、毎日の日課だった。 「お母さんはね、あんた達のために我慢して生きているんだから。 あんた達がいなけりゃ、こんな家、とっくに出ていってるわよ」 じゃあ、出て行けば? 当時は何度口に出そうかと思い悩んだものである。 勿論、母親の幸せを願う気持ちからだったが、子供の自分が意見を言える立場ではないとあきらめてしまっていた。 しかし、現在も相変わらず同じことを愚痴っている母親に対して、今は躊躇なくすんなりと言える。 自分が大人になって、人間として対等に物事を見れるようになったからだ。 すると、母親は決まってこう答える。 「そんなこといわれても、今お母さんが出ていったら、お父さん、生きていけないもの。 そりゃ、もうあの人との間にはドラマのような恋愛はないけれど、だからといって、あんたが言うようにそんな簡単に別れられないもんよ。まったく、あんたは昔からクールというか、何を考えてるのかわからんというか、冷たい子だね〜。本当に私の生んだ子かしら?」 それは、あなたがいつも自分の話に夢中で、私の話を聞かないからでしょうに。 ずいぶんな言い草である。とばっちりは決まって、最後に私に回ってくる。 いつものことなので、いい加減、ムダな反論は止めて無視をする。 そしたら、また始まる。 「お母さんはね・・・」 怒涛の愚痴大会エンドレス。そのエネルギー、他で使ったほうがいいよ、お母様。 あなたの人生、きっと変わってたわ。 なんていうかさ、(毎度のごとく、言い聞かせてるけど) 期待しすぎてるんじゃないの。 期待するってことはさ、相手を自分の理想の枠にはめるってことで、 枠にはめたらさ、そこから相手が逃げ出さないようにずっと見張ってなきゃなんないし、 そうなると、相手も身動きできなくて、結局、二人とも不自由になる。 人間はさ、どうしようもなく死ぬまで自由に生きようとする動物でしょ? 誰だって、その本能にあらがえないんだから。 それに実はもうずっと前から、母が欲しがっていた答えはちゃんと自分で出してしまってるじゃないの。 “父とは趣味も考え方も全然合わなくて、一緒にいてもつまらない。別れたいけど、心配で離れられない・・・” あのさ、どう考えても、それって、愛じゃね? 生涯、片時も離れず、喜びと苦難を共に味わって、なんとか今日まで生きてきて。 つまるところ、運命の人って・・・ 派手な出会い方をしようが、劇的で波乱万丈な一生を送ろうが、地味に平凡な結婚をしようが、死ぬときに初めて判るんじゃなくて? そして、運命の相手とは、どんな状況下に置かれても、いつだって互いに変化していける関係を持てるということではないだろうか? 臨機応変な関係性。 一緒にいる時間の中で呼吸を合わせられるから、そばにいる。 その関係を長い間繰り返すうちに、気がつけば人生の大半、同じ景色を眺めていた。 それが運命の愛というものの正体の一面か? しかし、ゲーテさん。運命とは風だなんて、やっぱり詩人はいうことが違うね。 幾世代に渡って、世界中の大勢の人間が共感したように、私もあなたの意見に賛同します。 運命が風なら、私達は風見鶏。 右を向けば追い風が、左を向けば向かい風に遭いながら。 突風が吹いた後に、やってくるのは優しいそよ風。 上手く風に乗ろうとして、手足をバタバタ四苦八苦。 苦しみはやがて喜びに変わるから、決してあきらめず、けなげに前を向いて。 今日も明日もあさっても。 運命という名の風を泳ぐ。
2007.11.02(Fri)
『愛する言葉』
愛をうまく告白しようとか、 自分の気持ちを言葉で訴えようなんて、 構える必要はない。 きみの体全体が愛の告白なのだ。 好きな女性が、 ほかの男と結婚しようが、 こちらがほかの女性を結婚しようが、 それはそれだ、 ほんとうの出会いは、約束事じゃない。 恋愛というものさえ超えたものなんだ。 人間というのは、 生まれつきのかたちで、 生きているのがいちばん美しいんだ ぼくの場合、 愛はすべて闘いだった。 たとえ別れていても、 相手が死んでしまっても、 この人こそ自分の探し求めていた人だ、 と強く感じ取っている相手がいれば、 それが運命の出会いだ。 【 岡本 太郎 】 時々、ネットで自分の名前を検索することがある。 この広い世界で、自分と同姓同名の人物が果たしてどれくらい存在するのか、確かめてみたいという好奇心が湧いたからだ。 私という個人の本名は、世間では少しも有名どころではないが、ひょっとしたら、自分の認知していないところで、個人情報が乱用されている危険性だって無きにしもあらずで、そういう事もきちんと把握しておかなければいけないとも考える。 そうはいいつつ、私の苗字はかなり珍しい部類に入るもの。 これまでどこに行っても、自分と同じ苗字の人に出会ったことはないし、小説やドラマにおいても、まずめったにお目にかかれない。 そういうわけで、実際に同姓同名なんてヒットするわけがないだろうと、たかをくくっていたら、意外や意外、たった一人だけ見事に大当たりしてしまった。 もちろん、まったくのあかの他人である。 私と同じ名前を持つその人は比較言語学において、ちょっとした著名人らしかった。 その人には失礼だが、まるで未だ見たことのない自分の分身が勝手に動き回っている、ドッペルゲンガー現象のような感覚についつい襲われた。 更に面白いと思ったのは、私の名前を姓名判断で占うと、必ずといっていいほど、言語や外国にとても深い縁があると出る。事実、私とまったく同じ画数を持つその人も、海外に長く留学し、現在英語と日本語を比較研究している。私自身も大学で英語やドイツ語を専攻し、海外の友達も少なくはないという点で、ある意味、外国や言語という分野にまったく無縁だとは言い切れない。 この奇妙な共通点、ただの偶然か? それとも、たかが名前、されど名前で、やはり長い歴史の中で膨大に蓄積された統計学に確かな傾向があるのだろうか? そんな疑問はさておき、この際、調子に乗って、思いつく限り友人やら知り合いやらの名前も面白半分に検索エンジンにかけてみる。 しかし残念なことに、どれもこれも期待を裏切って、総スカンを食らってしまった。 けれど、私はそれをひどく羨ましく思う。 何故なら、出所のわからない情報網に汚染されていないから。 そして、ネットには上がらないだけでどこかに存在するかもしれないが、検索されない以上、自分の名前を唯一無二、しっかり独占できているという事実。 他にはない個性を満喫できているではないか。 そんな嫉妬心を覚えつつ、この際ついでに過去の恋愛で好きだった人やお付き合いをしていた方々の名前も試してみた。 うーん、こっちは嫌なことに、実際の本人に三人もヒットしてしまった・・・ 一人は劇団の舞台役者で劇の宣伝と告知、もう一人は建築家で作品発表、そしてもう一人は・・・ 若くして、3年前にWEB制作系の会社を立ち上げ、なんと代表取締役になっていた。 最後の一人、この人が一番衝撃的を受けた。 しばらく、開いた口がふさがらない。 「え?何で??」 多分、生涯で一番、私に計り知れない影響を与えまくった最大級の恋のお相手。 そして、決して実らなかった、行き場のない愛。 何故なんだろう。今でも夢に見るくらい、忘れられなかった人なのだ。 仮にKと呼ぶ。 この人は前述の2番目の建築家の幼馴染みで、当初付き合ってる頃に友達として紹介された。 そして、俗にいう、脳天に電撃が走るほどの一目惚れをした。 それだけではない。話せば音楽や映画や本の趣味において、実にマニアックな趣向を持つ私とまったく感性が同じで、初対面にして驚くほど、申し合わせたくらい話題が合った その瞬間に、生まれて初めて一人勝手な運命を感じた。 そして、もともと浮気性な建築家を早々に捨てて、愛の告白をした。 結果は無残、こっぴどくフラれた。 理由は私が「好みのタイプじゃない」から。 とは言いつつ、そんな事では簡単に引き下がらなかった私にこうも言った。 「大体、お前は建築家と付き合ってたし、あいつはなんだかんだいって腐れ縁だけど、友達でいることには変わりない。もし、お前と付き合うなら、あいつを捨てる覚悟が必要だ。でも、今はそんなつもりはない。もしも、こういう形で出会ってなかったら、きっと付き合ってただろうな。それにまだ、お前という人間がわからない」 言ってくれるじゃないか。 好みのタイプではないといいつつ、蛇の生殺しのような、憎らしい隙を与えやがって。 フラれた後もしばらく交流は続いた。 まるでこっちの気を引くように、当時私が働いていたアルバイト先に直々遊びに来たり、突然電話をかけてきて、クラブのイベントに誘われたり。 恐らく、こっちの様子をうかがっていたのだろう。 そういう関係が何年か続いて、ある日、二人の間に一つの転機が訪れた。 私と別れた後、建築家が結婚することになって、二人が招待されたのである。 とあるレストランバーを貸し切って、パーティが行われた。 私は別の友達と二人で行って、パーティーの最後まで残っていた。 その時、いつもならたいてい用事が済めばさっさと帰るKも珍しく最後までいて、私にこう尋ねた。 「この後、どうするの?」 私は友達の事があったから、「うーん、わかんないけど、もう少しいるかも?」と答えたら、何故か寂しそうな顔をして、「そっか・・・」とつぶやき、じっと私を見つめる。そして急に優しく手をつないできて「もう帰ろうと思うんだけど」と、普段のKらしからぬ意味深な言動。 私は正直、すごく戸惑って、何も答えられかった。 私達はしばし、何も言わずに見つめ合うだけだった。 でも、そこに私は一つの答えを見た。 ひょっとして、私達、今日の結婚式でお互い妙なしがらみから解放されたんじゃないの? 変にこだわり過ぎてた建築家の呪縛から。 確かにそう感じたのに、どういうわけか私は次にこう発言してしまった。 「それじゃ、またね」 その瞬間、二人の間の空気が固まった。 でもまた動き出した時、Kは複雑な顔をして「うん。また」と握っていた私の手を離した。 それから、何度も私の方を振り返りながら、出口に向かった。 私は何故か追いかける気持ちになれなかった。 名残惜しむようにKが扉を開けて出て行った時、私は寂しさと同時に安堵にも似た感覚で思った。 ああ、今この瞬間二人のタイミングがずれた、と。 どうして彼の後についていかなかったのか? 彼が消えていった扉が閉じられた時、ちょっとした安堵を覚えたのか? それは、あの瞬間に、人生の大きな選択を見たからだ。 Kが手招きしたあの扉の向こうに流れる運命を受け止める自信がなかった。 心の準備というか、待ち受ける希望と失望の両方に自然と腰が引けた臆病な自分がいることを、自らはっきり認めてしまった。 どんなに深い愛をもってしても、超えられない運河がある、と。 だが、そんな不安を少しでも感じてしまうなら、本物の運命ではない。 ただそこに一寸の幻想を抱いていたにすぎない。 甘い熱を通り過ぎて、とっさにそう判断した冷静な自分がいた。 最後の最後で、後先を顧みようとしない本能を押し殺す、いつもの悪い癖が出た。 自分を呪いたくなるくらい、客観視しようとする冷たい慧眼のなせる業。 悲しいほどの自己防衛。 それからも何度かKから連絡はあったが、なんとなく気持ちが乗らなくて、あいまいな返事を繰り返し、結局再び会う事もなく、その後すぐ東京に出てくると同時に私はKの携帯番号を消去した。 それ以来、Kは私の想い出の中だけで生きる人になった。 そして今、自らネットでKのその後の消息を知り、えらく動揺しつつも、これでよかったんだと心から思った。 もしも、あのパーティーで私がKを追いかけていたら、事態は180度激変していただろう。 私の生活も未来もまったく違うものになっていたはずだ。 でも今は私のそばには大切な人がいる。 その人のあどけない寝顔を見ていると、本当に幸せな気分になれる。 Kが会社を設立した時にも、今と変わらない笑顔をくれた人が。 この上もなく、私のわがままをいっぱい受け止めてくれた、愛すべきパートナー。 Kと私はもう互いに違う道を、戻れないくらいずいぶんと遠くまで歩いてきてしまった。 ほんのちょっとしたことで大きくすれ違った未来。 本当は今頃、Kの隣で笑っていたかもしれない、もう一人の私。 この命を捧げても何一つ惜しくはないと、本気で思った一途な想い。 あの時は死ぬほど叶えたかった、一生を共にすることを。 だけど。 なるべくして、道を分けた運命の向こう側。 私はなんの迷いも後悔もなく、満足して歩いているよ。 あなたと出逢えて、本当に良かった。 ありがとう、心から。 言葉で言い尽くせぬほど、素敵な夢を見た。 そして、あなたの幸せを誰よりも願っています。 決別の日の穏やかな朝焼けに誓った祈りと共に。
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