過去から今日、今日から未来へ先人が残した言葉を贈ろう。 異なる文化と歴史の中で人類を繋ぎ続けた言霊のリース。 幾多の時代を超えて、ひとつずつ解き放つ。
 
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コトダマピース 25詩*『わたしたちは知らないうちに』
2008-08-20 Wed 22:55
『わたしたちは知らないうちに』

口に出していうと
ことばが死ぬと ひとはいう
まさにその日から
ことばは生きると
わたしがいう


              【エミリ・ディキンソン】

今回はいつもの堅苦しい雰囲気をお休みして、
思いつくこと、気ままに書いてみます。
短くて、口語的で、シンプルで。
まるで、どこにでもあるような ありふれた日記みたく。
ずいぶんと久しぶりだからね。
ひそかに、そして静かに待っていてくれた人、本当にありがとう。
あまりに長い間更新してなかったもんだから、心配の声もチラホラいただいたりなんかして。
改めてありがとう。
生きてます。
元気です。
ただちょっと忙しかっただけ。
…て、言い訳してみました。

今日は、このブログを読んでいてくれているあなたに語りかけてみるかな。
一方通行な軽い本音トーク。

毎日、実は思うように生きれてないって感じること、ないことはないよね。
誰だってさ、そう心のどこかで、なかなか落ちないしつこいシミを抱えて。
だけどどうしようもなくて、ただただ爪をかみ、やり過ごす日々もある。
それは自分に対しての不満なのか、それとも環境や社会や政治や人間関係なのか…
標的はたくさんあって、目移りしてる間にどれもこれも一つに的を絞って打ち切れない。

でも、なんだかんだいいながら、
結局はすごく頑張っている人をたくさん見るわけ。
いろんな人の悩みや話を聞くわけ。

そしたら、やっぱり言葉ってのはすごいなーって感じるの。
当たり前のことなんだけど。
なんていうか、自分の中にあるものを表現する以上にね、
知らない誰かと意思疎通できるっていう便利さ。
偶然と必然が折り重なって、言語っていうものが生まれたわけだけれども。
それって、本当に奇跡なんだと思ったよ。

人間である以上、まず言葉ってものから逃れられないわけだけど、
誹謗中傷とかね、悪態をつかれたりとかね、
ときにはそういうことで傷ついたりもするけどさ、
でも実際、言葉に守られたり、助けられたりしていることの方がずっと多いんだよね。
いつも、どこかで忘れそうになるけれど。
ただ単純に、伝え合うことに対して、心から感謝する気持ちを。


それで、随分ここから離れてしまっていたけれど、
このブログを改めて、自分で読み返してみたりしてね。
すごく客観的に。まるで、今初めて出くわした他人の文章みたいにね。
そしたらさ…。
うん、やっぱりこのタイトル通り、言葉の一個一個がまさに『パズル』なんだな、と。
自分が今ここで使っている言葉の数々は、遠い誰かから、あるいは近しい人達から、
たくさん与えてもらって、教えてもらって、それで全部受け継いでいるものたちだから。
それらをただ真っ白いスペースに埋め込んでいるに過ぎないのね。
そんなたわいもない作業。


それなのに。
自分でもびっくりするくらいの巨大な言葉の地図が出来上がる。
でも、それは先人たちの知恵や思想や哲学から生まれた言葉の積み重ねのおかげでもあって。
もちろん、自分が関わってきた身近な人々の中からも吸収してきたありがたい知識でもあるし。
本当に不思議です。

そして、同時にすべてが愛おしいと思える宝物。

きっと、これから先も沢山の言葉たちと出逢っていくのでしょう。
それを心の底から待ち遠しいと思える、今日この頃です。

言葉は流れる日々の中、誰の上にも降り注がれて、
共に歩みをそろえながら、生きとし生ける者の人生を彩る。
私達の知らないうちに。

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