過去から今日、今日から未来へ先人が残した言葉を贈ろう。 異なる文化と歴史の中で人類を繋ぎ続けた言霊のリース。 幾多の時代を超えて、ひとつずつ解き放つ。
 
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 | top↑
コトダマピース 12詩*『友情の極意』
2007-12-01 Sat 01:33
『友情の極意』


◆ 往く者は追わず、来る者は拒まず。
                             【 孟子 】


◆ 友人に不信をいだくことは、友人にあざむかれるよりもっと恥ずべきことだ。
                             【 ラ・ロシュフコー 】

◆ 人々は悲しみを分かち合ってくれる友達さえいれば、悲しみを和らげられる。
                             【 シェークスピア 】

◆ 友人の果たすべき役割は、間違っているときにも味方すること。
正しいときにはだれだって味方になってくれる。

                             【 マーク・トウェーン 】

◆ 友人とは、あなたについてすべてのことを知っていて、それにもかかわらずあなたを好んでいる人のことである。

                        【 エルバード・ハーバード  】

◆ 立派な人間の友情は、温かいからといって花を増やすこともなければ、寒いからといって葉を落とすこともない。どんな時でも衰えず、順境と逆境を経験して、友情はいよいよ堅固なものになっていく。

                             【 諸葛亮孔明  】

◆ 友は喜びを倍にし、悲しみを半分にする
                             【 キケロ 】



 この間、見たDVDはハリー・ポッターの最新版。
幼げな子供からたくましい少年へと成長を遂げるハリーが終始思い悩むのは、最大の敵であるヴォルデモードに一人立ち向かおうとする中で、思春期にありがちな淡い恋愛や、家族以上に自分を知る友情の問題であった。
闇に潜むヴォルデモードと何かしら共通点があることを余儀なくされつつ、自分との決定的な違いは何かと聞かれ、ハリーが最後に悟ったかのように吐いた短い言葉は、
「Someone fightig for(守るべき人がいること)」(だったと思う)。

それで私は?あなたは?
What are you fighting for ?(何のために戦っているの?)


 自分が生きてきた、これまでのほんのわずかな人生を振り返る時、ふと思いを巡らすことがある。
それは、この世で確かな産声を上げ、生を受けてから今までに、一体どれだけの人間と出会ってきたのだろう?という確認しようのない無謀な問い。
そして、そこで他者と交えた生命の紡ぎ糸。
あちこちで行き交う魂の大きなタペストリーの中、私は一瞬でも必要とされたのか?

それよりまずは、誰かに必要とされたい、この不可思議な衝動はどこからやってくるのか?
性懲りも無く、絶えずいぶかしむ私を、この不埒(ふらち)な世界に留まらせるのは、いつの時も訪れる他者との交わり。
 否、「友情」と名づけられた、ある種あいまいな関係性。
それでも、ひとたび触れてしまえば、またとはない強く激しく心を揺らすもの。

恐らく、人一人の運命を揺るがす最強の余震。

私はいつでも、これを強く感じてしまう。
ありふれた日常で、あるいは予期せぬ人生の転機で。

 幸いなことに、このブログは多くの友人達が主体となって目にしてくれるからこそ、確固として成り立つものである。
そもそもブログを立ち上げた意図は、だらしない私を見放さず、いつも支えてくれている友人のためのささやかな罪滅ぼしと言っても過言ではないかもしれない。

これはキレイ事か?もしくは、世迷言?

 いいや、そうとは言い切れない。
何かしら不可解なパワーがおのずと各方面から寄せられ、本来面倒くさがり屋な私を無性に駆り立てている。
たとえどんなに多忙な身にあっても、ついついパソコンの画面に向かわせる原動力になっているのは否めない事実。

一言で言い表せば、すなわち、私はなんだかんだ言って、恵まれた幸せ者なのだと思う。

ここで『幸せ』な状態を論ずるよりも、まずは自らを闇雲に奮い立たせる『友情』について述べておきたい。

自分が今まで出逢ってきた人々は数知れない。
その中で、実に多くの助け舟を得たことは、まだまだ短い人生の中において、思いのほか大切な要素である。

 私がこの世界で生き抜こうとしていること。
それは、いつも人生という予想もつかない旅路(アトラクション)の途中で、親しい友人の顔を思い浮かべては、脆い自分がひどく情けなく感じるから。

全てのわずらわしい物事から、つい逃げ出したい気持ちに駆られ、耐え切れない苦しみを理由に、ぶち当たった障害を避けようと弱気になってリタイアしたいと願っても、安々と許されないような気がして。

大げさな言葉は無くても、ただその人たちを想うだけでグッと心のブレーキがかかる。
そんな人々に、自分は運良く関わりを許されてきた。

私が歩んできた未完成の人生図をおもむろに広げた時、ざらついた図面を埋め尽くす幾多の人型の轍(わだち)。

ねぇ、いくら馬鹿げた行為に身をやつしても、変わらず見守ってくれる?
私が向かう行き先に、途方も無い茨がたくさん張り詰めていても、止めないでいてくれるかな?
難しい理論(ロジック)を取っ払って、その奥から押さえ切れない感情が溢れ、行く手を専攻しても、何も変わらず友達のままいられるものなのかな?

 両の目を見開いて、飽きる程、探しても探しても、結局、探し切れない。
人間が抱く欲望は尽きなくて、自分の気持ちを本能のまま忠実になぞれば、そんな理不尽な想いばかりが溢れて。

まったくの嘘じゃないんだよ。
ただ、脈略の無いことも、時に包み隠さず伝えたいと欲している。

かといって、取り返しがつかないほど、みすぼらしく壊れたわけじゃない。
利口に生きようとすることが、どんなにわずらわしいかを訴えたかっただけ。

 親しく想うあなたにね、全てを委ねたいと思ったの。
時には、馬鹿も承知で、すました羽目も外したい。
そして、そんな私がいることも少なからず知って欲しい。
そう願って、甘えた私はまるで子供のように、次から次へと大人気ない我が儘を繰り返す。

私は多くのものを、あなたに望んでしまっているかもね。
だけど、無防備に期待してしまうんだ。

だって、あなたはすごく輝いているんですもの。
どんな状況に置かれても、沈んで閉じてゆく私を見ていてくれる。
たとえ、どれだけ苦しくても、ほのかな優しさで包んでくれるから。

いつか、その恩返しは必ずするね。
あなたがいてくれたことで、私がこの浮世で揺らぐ心を見失わず、立っていられることを。


永遠に果てることのない、純粋無垢な約束。
叶えたい夢が冷めないように。
祈りながら、突き進む有限の時間(とき)の包囲網。
限られているから、愛したい。
出逢って、触れて、ひしと感じる。
二つとない、あなたの確かな鼓動。
スポンサーサイト
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:1 | top↑
<<コトダマピース 13詩*『13階は月光 』 | コトダマパズル~幾億年の鼓動~ | コトダマピース 11詩*『縁ありき道標(みちしるべ)』>>
この記事のコメント
top↑
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
トラックバックURL

FC2ブログユーザー専用トラックバックURLはこちら
 初読したとき、やっぱり燃やせなかった。  それ以来、本棚に置いては、何度か取り出して読んでみている本です。一つ一つのオノ・ヨーコの文章を、身体に染み入らせるように。  でも本当は、そういう読み方じゃいけない。  一つ一つ、本当に身体で読む本なのだろうな …
2007-12-29 Sat 06:47 詩がいいと思う
top↑
| コトダマパズル~幾億年の鼓動~ |
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。