過去から今日、今日から未来へ先人が残した言葉を贈ろう。 異なる文化と歴史の中で人類を繋ぎ続けた言霊のリース。 幾多の時代を超えて、ひとつずつ解き放つ。
 
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コトダマピース 4詩*『沖縄の戦陣より妻へ』
2007-10-27 Sat 02:39
『沖縄の戦陣より妻へ』

まだ お便りする機会は何度かありませう
しかし 時機はいよいよ迫りつつあります
それが何時であるかはもとより予測することは出来ませんが
おそらくは あなた達の予想外の速さでやって参りませう
その時の来ない中に 言ふべきことは言って置きたいと思います
しかし いざペンを取ってみると
今更ながら申すことのないのに気がつきます
今の私は強くあらねばなりません
寂しい 悲しい
といふやうな感情を振り捨てて
与へられた使命に進まなければならぬ立場にあるのです

ただ 一切を忘れて
戦って 戦って 戦い抜きたいと思います
不惜身命(ふしゃくしんみょう)
生きる事は勿論 死ぬことすら忘れて戦ひたいと念じて居ります

南海の一孤島に 朽ち果てる身とは考へずに
祖国の周囲に屍(しかばね)のとりでを築くつもりで居ります

何時かは あなた達の上に光栄の平和の日がおとづれて来ることと思ひます

その日になって 私の身を以て尽くした いささかの苦労を思ひやって下されば
私達はそれで本望です

愛する日本
その国に住む愛する人々

その為に吾等は死んで行くのだ
と考えることは 真実愉しいものです

運命が あなたにとっての良き夫たることを許さなかった私としては
さう考へることによって
あなたへの幾分の義務をはたし得たやうな安らかささへ覚えます・・・

一度戦端が開かれれば 一切の手段をつくし 最善の道を歩むつもりです

万一の事があったさい
たとへ一切の状況が不明でも
あなたの夫はこのやうな気持ちで死んで行った事だけは
さうして 最後まで あなたの幸福を祈って居た事だけは
終生 覚えてゐていただきたいと思ひます

その後体の調子は相変わらず すこぶる好調です

いつもながら 御自愛を祈ります

ご機嫌よう

*************************
『絶筆』  神風特攻隊員 24歳  

父様、母様は日本一の父様母様であることを信じます。
幸光は靖国神社で二十四歳を迎へることにしました。
お正月になったら軍服の前に沢山ご馳走をあげて下さい。
ストーブを囲んで幸光(※詩を書いた本人の名)の想い出話をするのも間近でせう。
靖国神社ではまた甲板士官でもして大いに張り切る心算です。
母上様、幸光の戦死の報を知っても決して泣いてはなりません。
靖国で待ってゐます。
きっと来て下さるでせうね。
本日恩賜のお酒を戴き感激の極みです。
敵がすぐ目の前に来ました。私がやらなければ父様母様が死んでしまふ。
否、日本国が大変な事になる。幸光は誰にも負けずきつとやります。

                                     ~靖国神社『英霊の言霊』~

二年前のお盆に、実家に帰った時のことである。
ちょうど戦後60年記念の特別番組として、テレビで鹿児島の知覧町にあった特攻隊基地のドキュメントを、母と弟が見たそうだ。
見終わった後、やけにしんみりとしていた。
無理もない。私の家系にも一人、特攻隊員として、国のために命を犠牲にした者がいるからだ。
それは母方の亡き祖父の弟で、戦時中、空軍のパイロットだったらしいが、19歳の若さで沖縄の海上で戦死したと親族には伝えられていた。しかし、この番組を見る半年前にたまたま知覧へ観光に行った親戚が、戦争記念館でなんと偶然にもこのおじさん(?)の名前を発見したそうである。
これを聞いて、母方の親族は戦後60年にして初めておじさんの消息を知った。それまで遺体や遺物も見つからずじまいで、ただ沖縄で戦死したという電報だけを受け取り、墓石にも沖縄で戦死と刻んだ。しかし、事実は違った。なんと空軍のパイロットとしてではなく、特攻隊としてこの世を後にしていたのだ。聞けば、おじさんは親戚一の神童だったそうで、それゆえ、国からパイロットとして召集されたと聞く。若くして、優秀なこの人物が戦死したことを親族は皆、心から惜しみ、まるで伝説の勇者のように子孫に語った。そのせいか、一度も会ったことのないおじさんは、私にとってすごく近い存在に思えてならなかった。そして、当時死ぬ寸前まで知覧にいたことを聞いて、改めておじさんのことが知りたくなった。
 理由は判らない。
それでも居ても立ってもいられない気持ちが先行した。
そうは思いつつ、やはりすぐには知覧に行けなかったので、まず特攻隊や知覧のことを調べてみた。
すると、靖国神社が浮かび上がった。
ご存知の通り、靖国神社は戦没者にとっての聖地である。現在、東京に住んでいる私にとって、この神社を訪れることが何故か最大の手がかりのような気がしたのだ。「よし、東京に帰ったら靖国にいってみるか」と実家にいる間、計画を練っていると、たたみかけるようにもう一つの事件(?)が起こった。
今度はなんと父方の亡き祖父の弟からのメッセージだった。
父方の祖父の弟も海軍に所属し、戦死している。しかも彼も相当なエリートで東京大学を出た後、大手銀行に勤めるものの、国から召集され26歳の若さで他界した。彼も父方の親族の間で、伝説の人物だった。そしてその彼を今もなお心底尊敬している祖父の妹が、死してなお彼を慕うがあまり、何故かこのタイミングでアルバム文集(?)を作ったのである。
そして、読んでくれといわんばかりに祖父の仏壇にも供える始末。
はいはい、読めばいいんでしょ、とありがたく・・・手に取り、ページをめくってみる。
そこには、彼の経歴やら、生前のエピソードが書かれてあり、写真も貼ってあった。
なにやら相当、読めば読むほど次元の違う人のようで、彼からしてみればレベルの低い私など、同じ血を引いているように思えない。高校生の頃から、独学で英語やドイツ語を自在に操り、大学ではドイツ経済学を学び・・・アレ?ドイツ語?そこでドキッとした。恥ずかしながら、私も何故かドイツ語に興味を持って、大学で専攻してしまった身であるが、彼の足元にはおよばないものの、思わずそこに変な共通点を見い出してしまった。そして、奇しくも東京。
やはり、靖国に行かなければ!

そして、何の因果か、足を運ばせられた九段下。訪れたのは10月の半ばなのに、その日、ゼロ戦同好会の方々とばったり出くわす。
ああ、戦争遺恨はまだこの国に残っているのだな、と思いながら、当時の悲惨さなど何も知らないくせに、どういうわけか他人事に感じられないまま、戦争記念館に向かう。
そこで見たものは、昔、広島や長崎の原爆記念館でみたものとはまるで違っていた。
正直、歳のせいかもしれないが、覆いかぶさってくる空気が以前にも増して、どっしりと重かった。
広島や長崎で戦争の犠牲になった人達は受身だけれど、靖国は(半ば強制的だが)自ら飛び込んだ結果の犠牲。絶対国を守ってやるんだと、命を懸けた人々の魂が凝縮している。
日本は確かに負けたのだけれど、この方々のおかげで守られたものがある。
それは間違いなく私達だ。
愛する人や国を命を賭して、必死で生かそうとしてくれた。
父方の祖父の弟は、最後の帰郷の際、自分の母親にこう言ったという。
「俺は母さんや子孫のために死ぬ覚悟はあるぜ」
そして、本当に死んでしまった。
私みたいな出来の悪い子孫に、日本の未来を託して。

遊就館(靖国神社の軍事記念館)を見て回ると、上記のような遺書ともいうべき書簡がたくさん保管されている。それを見て、愕然とするのは若い将兵達の汚れなき純粋さと達筆である。とてもじゃないが、戦前の人達の国を思うひたむきな心には勝ち目がない。
彼らは愛国心というよりも、愛する人達を思うがゆえに人生を、青春を惜しみなく捨てていったのだ。
そして、誇り高き魂はまだ、この国の未来を見守りながら靖国神社に留まっているのだろう。
いまだ見ぬ祖先に命を授かった私は生まれ育ったこの国のために、何ができるのだろうか?
ふがいなき想いは絶えず交錯する。
死ぬ間際、おじさん達は何を考えていたのかな?
きっともっと、たくさん生きてこの世に素晴らしい功績を残してただろうに。
一度でも会って、思慮深い知恵や素晴らしい言葉を授かりたかった。
今となっては、まるで叶わぬことだけど。


記念館を出ると、真っ青な秋空が瞳を奪う。
来た時はどんよりと曇っていたのにな。
一匹のトンボが境内を飛び回っている。すぅーっと優しく私の肩先をかすめ、追うように振り返った先には、あるはずの姿が見えなかった。
まるで、ハヤブサ戦闘機みたいなトンボだな。
別れを惜しむ間もなく、泡のように消えるなんて。
おじさんもあんなふうに、照りつける夏の青空に飛びこんでいったのかな?
一陣の風になって。

帰り際ふと思い立って、おみくじを引いてみた。
そこに書かれていたものは
「祖先を思うのなら、まず父母を思え。両親は一つの根をもとにした木の枝である。
 親に感謝することで、祖先を敬うことに繋がる。そして、その想いを子孫に伝えよ」
それはまさに、亡き人々からの温かいメッセージだった。
目からうろことはこういうことだ。やっぱり、どうあがいてもかなわないわけである。
爪の先まで、参りました。

この時以来、毎年夏が来るたび、遥か遠き日々に生きた先祖たちを思う。
折りをみて、いつか知覧に行くつもりだ。
何故だろう。私はまだ、目に見えぬ彼らの言葉を必要としている。
大分、自分の生き方がわかってきたつもりなのに、意味もなく比べてしまうんだ。
ただ一つ、与えられた生命を燃やして、精一杯生きているのかどうか。
答えはまだ見つけられないから。

死者は静かに私を見つめる。
まるでやさしい月の光のように。
もしもまた暗闇に迷い込んだら、そっと指し示して欲しい。
決して消えることのない明けの明星が光る、夜明けへの道筋を。


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